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西部邁著「国民の道徳」を読んで

 西部邁氏が多摩川に入水自殺(自裁死)して1ヶ月が経つ。その死をTVニュースで知ったときは驚いた。彼が保守の言論人であったことは知っていた。平成12年に産経新聞社から発刊された「国民の道徳」という初版本を購入して持っていたが、内容がとても難解でしかも673ページの大作のため最初の方を少し読んだだけで、書棚で埃をかぶっていた。
 この度TVニュースに接して新たに読み始めた。内容などは相変わらず私の頭では中々理解できないしろ物であり、まさに倫理学の本を読んでいる感じがする。大学教養部時代「倫理学」の単位は取ったが判定は「良」であった。その程度なので読んでいてもただ単に字面を追うだけの感がある。
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 彼は保守とは言われているが決して政治的な右翼・左翼の範疇に入るイデオロギー的保守ではない。大東亜・太平洋戦争の後、戦後民主主義が勃興しアメリカニズムが入り込み古い物を捨て去るのが良しとする進歩主義がもてはやされ、さらにグローバリズムが拍車をかけ、日本の伝統・国民の歴史・国民の道徳などが否定され、国家への愛着が廃れていくのに我慢がならずこの本を書いたのではないかと思う。
 構成は1歴史、2戦後、3政治、4文化、5経済、6社会の6章31節に分けて書かれておりそれぞれの分野での現状分析と今後の推移を推論している。17年前に起きていたこと、これから起こるであろう事などを書いている。
 『文明没落の兆候が我が国においておびただしく観察される。家庭の崩壊、学級の崩壊、学級の混乱、少年犯罪の増大、少女の風紀紊乱、青少年の学力低下、国民の勤労意欲の減退、役人における綱紀の乱れ、知識人の芸能人化、政治家の腐敗あるいは経営者の活力低下などの形で、文明衰微の兆候が次第にあらわになりつつ有る』と警告していたが、まさにその様になっている。現在の状態を見れば氏の眼力の正確さに驚くばかりで有る。
 本の中に用語の解説が書いてあったが「市民」とは『人間の内面で、社会の中で他人とかかわりながら、もっぱら「私」の利益を主張し、「私」の利益を追求し、「私」の欲望を満たそうとする側面。』と有った。これを今流行の「○○反対市民の会」等に当てはめると住民エゴそのものではないかと感じた。たとえば某市においてゴミ処理能力が限界に達し焼却場を早急に建設しなければいけない場合、建設予定地が発表されればすぐさま反対、それでいて代案もなくただ反対という場合などに当てはまる。
 また「他人に迷惑をかけないように」と言う教えは大事で有るが遊興費を稼ごうとする少女達の援助交際に対してそれを咎める場合、彼女たちの「他人に迷惑をかけているわけではないのだから、何をやっても咎められるいわれはない」という言い分を、的確に咎めることのできる道徳論が現代社会に有っては準備されていない、そればかりか道徳論はその種の男女の心に届かないので無効だとのたまう知識人がいると批判をしている。
 家庭での躾け特に「公徳」「公共」に対するもの、「恥の文化」についての「常識」や「良識」などを教えなくなっている事も問題視している。
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そのようなことも有ってか2022年度入学の高校生から「公共」という科目が導入される。
西部氏が心配していた道徳の衰退に少しでも歯止めがかけられるので有ろうか?
 ところで現在、平昌で冬季オリンピックが開かれているが、日本選手の活躍に国民が一喜一憂しており、会場では日の丸を持って応援し、1位になれば君が代が吹奏される。平成11年に「国旗・国歌法」が出来るまで、日教組は反対し、学校の卒業式・入学式ではトラブルが相次ぎ、ここ尾道でも自殺に追い込まれた校長先生もいた。この「国旗・国歌」についても西部氏は深く憂慮していた。その当時「日の丸、君が代」に反対した人たちは現在のオリンピックで興奮している人々をどのように評価するので有ろうか?
さらに西部氏はマスメディアが、みずからを「社会の木鐸」とか「言論の公器」と言いながら「世論を自分たちの方へ誘導する報道に終始している」として、痛烈な批判をしており今やマスメディアは第一権力になっているとしている。TV・新聞での報道を見る限りまさにその通りだと思う事は多い。
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 ところで西部氏は入水自殺をされたが、この本の最後の31節に「死生観が道徳を鍛える」と題して書いておられる。「死」というものは誰しも避けて通れない問題で有り、私も70歳を越え死は確実に忍び寄ってきていると思われる。「死」というものは医科の先生ほど身近では無いが、それでも永年通院して頂いていた患者様や訪問診療をしている患者様がお亡くなりになったとお聞きすればそれだけ一般の人より死を意識せざるを得ない。
 本の中で「自分の死は自分で決める」と述べており入水自殺は「自裁死」であり、17年以上前から真剣に死について考えた結論を実行したまでのことであろう。それは次の文からも明らかで有る。『精神的に見て、ここで自分の生命をおえさせるのが「良い」と判断したときに、自死を選ぶ、それが精神の安楽と尊厳を保つ死に方であり、しかも物理的厄介をあまりかけない自死の形が好ましい』とある。また『後悔の念を出来るだけ少なくするためには、自分の心身の最終点で有る死について、納得できる形で死を選び取ること、それへ向けて自分の生を追い込んでいくことが必要で有る』としている。さらに伴侶がいる間の自死は伴侶を納得させるもので無ければならないとし、重要なのは意図的な自死で有り、衝動的な自死では無いとしている。8年間介護された奥様を2014年に亡くされ、自らの体調・年齢を考え長年真剣に命と向き合ってきたからこそ「自裁」したので有ろう。「命つきればあの世行き」などの浅はかな考えしか持ち合わせない私にとっては驚くべき事であり、これからの生き方を真剣に考えなくてはならないと思った。
 いずれにしてもこの本を読んだ者として最近の日本国の状態には「公」が希薄化し「私」が全面に押し出されグローバル化がさらに推し進められれば日本国そのものが消滅するのではないかと憂うるばかりである。

2018年02月22日

昭和・平成の御代

 2月になったのでカレンダーをめくってふと思った。そういえば一昨年8月に天皇陛下がお言葉を発せられて以後、御譲位についての議論がなされ、1年3ヶ月後の来年4月30日をもって平成の御代が終わることになっている。
新聞やTV等では「生前退位」という言葉で報道されていたが、ネット上では 「退位」という言葉そのものが不適切である。次のお世継ぎが決まらないときは「退位」と言うが、日本では次は皇太子殿下と決まっているので「譲位」が正しい言葉だといった意見が飛び交っている。しかも生前という言葉は通常死んだ人に対して「○○さんは生前こうだった」と言う様な使い方をするので不謹慎だという意見もある。私にはよくは判らないが少なくとも昨年12月23日の陛下のお誕生日のお言葉では陛下自身が「譲位」と述べられていた。
 それは兎も角として、私は昭和22年生まれで昭和の時代を41年間、平成の時代を29年過ごしてきてどちらにインパクトがあったのかと考えてみた。
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 なお新聞のコピーは昨年浜ランドマークタワーで手に入れた私の誕生日の読売新聞の一面で有る。
世間では昭和は戦争の時代だったという評価もあるが、私は戦後生まれ戦争のことは何も知らないが、記憶としては貧乏であったことだけはよく覚えている。服や靴下についても継ぎはぎしたものを当たり前のように着ていたし、我家ではお米は内地米が買えず中学1年生まで細長い外米で有った。便所で大便してお尻を拭くときは新聞紙をA4サイズに切ったものを「くちゃくちゃ」揉んで使用していた。化学肥料が手に入らなかった当時は畑のそばに肥え溜があり、お百姓さんは肥料とするために各家庭から集めた糞尿を肥溜めに貯蔵し熟成させた後、野菜などの肥料としていた。そのため、野菜の根元などには多くの新聞紙が残っていた事からも日本中でそのような状態であったのであろう。
 その後、新聞紙から灰色の落とし紙に変わりそして今時のトイレットペーパーに変わったのは昭和40年頃だった気がする。しかも今のトイレットペーパーは2枚重ねの柔らかペーパーで贅沢な限りで有る。今の若い人たちに新聞紙でお尻を拭きなさいと言ってもとても実践は出来ないであろう。
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 上記の写真は読売新聞社編「目で見る昭和全史」の中の昭和22年のページで有る。
 そんな貧しい時代で有ったが、時間の流れはかなり緩やかで、流行歌のメロディーもゆったりしている。今時のようなアップテンポでビートのきいた曲やラップなどを聴くと、とても私はついて行けない。塾通いも無く近所の大きい子も小さい子も取り混ぜて一緒に遊びに夢中なれた。大学生、就職、結婚、子供が生まれ自分の生活がどんどん新しく更新されて行き生活が少しづっ良くなっていった記憶がある。人生を季節にたとえれば春から夏の終わりぐらいまでが昭和の時代で有った気がする。この年齢になるとすごく懐かしさがわいてくる。
それに比べると平成は阪神淡路大震災・東日本大震災・熊本地震等災害が目立っている。
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私自身に限れば平成の御代が始まったのは開業して4年目「さいだ歯科医院」を倒産させないように経営をいかに安定させ家族を養っていくかに心血を注いでいた。その為かのんびりしたという感じは無く常に追い立てられていた気がする。生活の中にパソコンが入り込み、メールでやりとりが出来るようになり生活は確かに便利にスピーディーになった気がするが、何か心に余裕がない。ノスタルジアを含めて昭和と平成を比べると昭和に軍配が上がる。今年中には平成の次の年号が発表されるが次の御代が良い時代で有ることを願うばかりで有る。

2018年02月01日

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