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11/26 初めてのハワイ旅行 X
11/24 初めてのハワイ旅行 PART W
11/24 初めてのハワイ旅行 PART V
11/23 初めてのハワイ旅行 PARTU
11/21 初めてのハワイ旅行 PARTT
外部グログ

院長のブログ

初めてのハワイ旅行 X

 五日目、最終日である。夕方の飛行機のため12時にホテル出発。ここコナは世界三大コーヒーの一つコナコーヒーがマウナロア山の裾野、標高600〜800mのところで栽培されている。ホテルより少し南に下がったところにあるUCC直営のコーヒー園に行く。途中マイクロバスが故障するハプニングに見舞われたが、15分ほどで代替えバスが来てホットする。  
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 コーヒー農園の眼下にヒロの街が見える。国際的なコーヒー鑑定士の資格を持つ三木氏が案内説明をしてくれた。赤く色づいたコーヒーの実を採って中の種を口に入れると甘い。
実はコーヒーは果物なのだそうだ。我々がコーヒーとして飲んでいるのはこの種を焙煎して挽いたものを利用しているのが良く判った。試飲も出来て中々風味豊かである。三木さんと話していたら尾道のことをよく知っておられ、向島や因島等の地名も出てきて「しまなみサイクリングロード」など尾道は随分上手に変わられましたねと褒められた。
 その後コナの街に行く、丁度日曜日でメイン通り「アリイ・ドライブ」は歩行者天国になっていて、コナ・ファーマーズ・マーケットが開かれていた。雑貨やお土産品などのテントが数多く立ち並んで多くの観光客がショッピングを楽しんでいた。
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 私たちはハワイ諸島最古の教会「モクアイカウア教会」を見学した。外壁にはサンゴや溶岩、内部の柱はオヒアの木が使われハワイらしい教会とのこと。ただし現在内部は改装中であった。道路を挟んで反対側のフリヘエ宮殿の裏手はすぐ海である。見ていたら何とイルカが泳いで時折ジャンプし、まさに天然のイルカショウである。撮影の機会を待つも腕が悪く撮影出来なかった。
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 その後エリソン・オニズカコナ国際空港に行き出国手続き並びに搭乗手続きをする。その際家内の左膝に人工関節が入っている為X線検査ではねられ別室にて色々検査をされかなり時間がかかったが無事通過。17:35ほぼ定刻に離陸し帰路につく。
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 ところで私の隣りに座った男性から「ハワイは何処に行かれたのですか?いかがでしたか?」と話しかけられた。「ハワイは初めての旅行で、ハワイ島だけだと話し、残念ながら星空観光が曇っていてあまりよく見えなかった」と話した所、どこのツアー会社を利用したのかと聞かれて、「『太公望』を利用しカズさんという方に案内してもらった」と話したら、「私の会社だ」と言われた。何と社長のサニー武石さんでびっくりである。28年前にハワイ島に来て星空観光の事業を興して30年以上になるとか、苦労話などを聞かせてもらった。
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 9時間ちょっとの飛行で無事羽田に日本時間21:50頃に着く。夜遅く尾道に帰る手段は無く羽田空港内のホテルに一泊し、翌19日に羽田空港より広島空港に飛び無事帰宅。途中雪をかぶった富士山や南アルプスがよく見えた。

2019年11月26日

初めてのハワイ旅行 PART W

 四日目、今日は星空鑑賞日のため出発は14:00である。朝からホテルの中庭ではフラダンスを踊るイベントがあった。午前中は自由時間ということで添乗員さんが近くのケアホウショッピングセンターに案内してくれた。ホテルからコナの町までトロリーバスが有り10分ほどの距離である。大きなショッピングセンターで、スーパーの中には、結構日本名の商品が多く日系人の影響が多いのだと思う。またショッピングセンター内に私と同じ名前の「Kenichi’s OBENTO」と「KENICHI」という名の寿司店があるのに驚く。
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 星空観光30年の老舗「太公望」のマイクロバスで予定通りホテル出発、案内兼ドライバーは北海道出身のカズさん男性である。中々軽妙な案内で楽しい。まず北上し、世界三大パワースポットと言われるマウナ・ラニ「オーラの洞窟」に向かう。ハワイの溶岩台地の下は空洞になっているところが多くあるとのこと。
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この洞窟はファラライ火山(2521m・ハワイ語で恥ずかしがり屋)からの溶岩である。この山は休火山で最後の噴火は1801年とのこと。当時の溶岩流はまだ黒色である。洞窟の天井に穴が開いていて角度によってハート型に見える位置で写真を撮影してもらう。またこの辺りの洞窟には250年前くらいハワイアン達が居住していた案内板があった。
 その後さらに北上してハマウクワのマカデミアナッツ工場兼販売所に立ち寄る。工場脇にナッツを取り出した殻が山のように積みあげられていて殻に残っているナッツの小片をついばみに多くの鳥が集まっていた。
本来ならこれからサンセット鑑賞なのだが、まだ時間があるということでカズさんの判断でさらに北端ハヴィにあるカメハメハ大王像見に行く。ハワイ諸島にはカメハメハ大王像は4体あるがハワイ島には2体有り今回両方観ることが出来た。ヒロの大王像とは少し違い怖い顔に見えた。空は少し雨模様でぱらぱら降っている。
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 ここからUターンしてホロホロカイビーチに行きサンセットを観る。水平線の方は雲が切れて綺麗にサンセットが見えた。また驚いたことに空に虹が架かりなんとも言えないラッキーな時を過ごす。
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 その後「寿司・しおの」で夕食。メニューは「ハワイ御膳」でマグロの刺身、マウイ島でとれたアワビなど美味しく食べた。やっはり日本食はいい。ここでビールを飲むが当然ツアー料金とは別、伝票には本体価格と18%の消費税が書いてあるが、チップをどの程度にすればよいか判らない。添乗員さんに聞いて請求金額の2割ほどをチップとして出す。
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 いよいよ星空観光であるが、マウナケア山への登山口は封鎖されており当然頂上には上れないので代替観光、しかも空は雲で覆われ星はさっぱり見えない。少し上に行けば見えるかも知れないと出発。初日に通ったヒロへの道を通り山に近づく、1,000mでは小雨、さらに2,000m位まで来ると少し雲が切れてきた。道路から少し入った米軍基地の横で車を停め少し待つ。事前のツアー案内書には頂上は0℃位になるので防寒対策をと書かれており、色々持って来たが頂上まで行けず2,000m程度ではそれほど寒いとは感じない。太公望さんが全員に防寒着を貸し出してくれた。満天の星というわけではなかったが、見える範囲でカズさんが星座の話をしてくれる。
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 ハワイは北緯19.5度で日本に比べ南にあるせいか、カシオペア座など少しいびつに見える。天の川も久しぶりに観た。写真はカズさんが写し「太公望」のホームページからダウンロードするように教えられしたものである。私の持っているバカチョンカメラでは星は全く撮影できなかった。 続きはPART Xへ

2019年11月24日

初めてのハワイ旅行 PART V

 三日目、今日はコナへ移動である。昨日と同じガイドさんで日本女性、二十数年前にハワイの人と結婚してこちらに来られたとか。まずハワイ島で最大のアカカ滝を見学する。駐車場から熱帯雨林の中を進む感覚で展望台まで行くと落差135メートルの滝の全容が見える。ガイドさんが滝を15秒程注視し、目を横にそらして見てくださいと言われたのでやってみると滝の横の緑が動いてびっくり。滝を注視した残像の影響なのであろう。
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 その後、古きよき日系人の町ホノカに移動。昔この辺りはサトウキビの栽培のために日本人が労働者としてやってきた。しかしいまではハワイ諸島には製糖工場もなく栽培もされていないとか、それでも畑の境目辺りにまだ名残のサトウキビが育っていた。町の中に当時のサトウキビ収穫の様子を描いた絵が飾ってあった。
 小さな町だが2008年にこの町で「ホノカアボーイ」という映画のロケが行われた。その舞台となったのが「ピープルズシアター」で現在も現役の映画館である。私はその映画を観てはいないが、ガイドさんの話しによれば、主人公レオ(岡田将生)と日系人のビーさん(賠償千惠子)とのほほえましい日常を描いた映画で、他にも松阪慶子なども出演しオールハワイ島ロケ、封切りは2009年3月だったとのこと。メインストリートの建物は1930年代に建てられたノスタルジックなものが多く、しかも建物に日本人の名が付いているものが多くあった。
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そ の後カメハメハ大王が幼少期を過ごしたと伝えられ「王家の谷」とも呼ばれるワイピオ渓谷に行く。晴天で海の向こうにマウイ島が見えた。
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そこからパーカー牧場内の道路を抜けて西のコハラコーストにあるウエスティンハフナビーチリゾートホテルに到着。ホテルの前にビーチがありプールサイドでの昼食となる。日差しは強く、心地よい風も吹いて随分と豪奢な気分となる。昼食はロコモコ(肉だけのハンバーグ)で腹一杯という感じ。
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 昼食後南下して先日到着したエリソン・オニズカコナ国際空港を抜けコナの町に到る。車窓から復元されたカメハメハ大王が晩年を過ごした茅葺きの家「アフエナ・ヘイアウ」が見えた。15時半頃今日の宿泊所であるシェラトンコナリゾート&スパアットケアホウベイホテルに到着。大きなホテルであり、部屋もゆったりとしていた。
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 17:45頃ホテルのロビー前でサンセットを観た水平線に沈む太陽は雄大である。ホテルのレストラン前の海にマンタが来るというので夕食後少し海を観ていたが現れないので部屋に引き上げた。翌朝、一緒のツアーの人達があの後しばらくして現れて写真が撮れたと見せてくれた。残念!!
この写真は添乗員さんが写されたものを頂いた。続きはPART Wへ

2019年11月24日

初めてのハワイ旅行 PARTU

 翌朝レストランでバイキングスタイルの朝食を取る。座った席の真ん前にマウナケア山が見え、山頂の天文台が見えた。しかもその上に月が掛かっていて素晴らしい景色である。
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ホテル出発は9時、まずホテル近くのリーチャードソン黒砂海岸に行き砂に触ってみる。これは溶岩が流れてきて海水に接触したとたん、溶岩が裂けて砂になったのだそうだ。
 その後、世界遺産のキラウエア火山に行く。この火山は昨年5月3日に爆発して家屋や道路に大きな被害が出た。当時TVでも大きく取り上げられ何度もその様子を見た。最も昨年の噴火は山頂でなく裾野の方、現在そこは立ち入り禁止。溶岩はヒロの街10キロのとこまで来たとガイドさんが説明してくれた。
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山頂のビジターセンターで昨年の爆発の様子をビデオで観たあと、ハレマウマ火口を見に行く。途中あちこちで蒸気が噴き出すスチームベントがあり活火山を実感。途中蘭の花が咲いて綺麗であった。また火口は1年前に比べ周辺がずれ落ちて大きくなったが深さは逆に浅くなったとガイドさんが説明してくれた。
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 その後ケアラコモ展望台に行き溶岩が海に流れ下った跡を見た。溶岩は最初黒いが年月を経るにしたがって鉄分が酸化し赤色の土に変わるとのこと。ハワイの溶岩は粘度が高く流れていくとき表面が固まり、その連続で皺が出来ていく様子が判る場所もあった。その後溶岩の上を歩いてみた。また溶岩の上に寝そべってみたところ、黒いので熱が良く吸収されていて表面は熱くまるで岩盤浴のような感じであった。その後ヴォルケーノハウスに行き火口を観ながらで昼食を取る。
 昼食後ヒロに戻りカメハメハ大王像を見学。さらにビッグアイランド・キャンディーズに案内されお買い物タイムとなる。ここでは女性スタッフがクッキーを一つずつチョコレートにディッピングして手づくりで生産していた。いろいろのクッキーが試食できたが、その中で驚いた商品として「さきいか」にチョコレートを付けたものがあってなんとなく面白い味であった。ウイスキーのつまみに合うのかもしれないと思う。
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 15:00過ぎにホテルに帰ってきた。夕食まで時間があり、ヒロの街まで海岸通りを歩きながら散歩する。途中新しい十字架が海岸のところに立てられていた。この付近で水難事故に遭われた方の追悼かと思う。その十字架に「Fukushima」の文字、「1975.5.16〜2019.7.11」、白い石でハートマークとMOMが記されていた。恐らく44歳の日系人の母親を悼むものではないかと想像した。
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 私たちの宿泊しているヒロハワイアンホテルの近くに国際空港があるがアメリカ軍の基地もあるのであろう。低い高度で軍用機が何機か頭上をかすめて飛行していた。また途中に日立のCMに出てくる「この木なんの木、気になる木 名前も知らない・・・」の歌詞と共に映し出される木「モンキー・ポッド」が幾本かあった。最も日立のCMの木はオアフ島の木だそうだ。注意事項通り横断歩道を渡りながら2時間散歩した。
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夕食のメインディッシュは300グラムほどのステーキであった。残念ながらこちらの肉は脂身の少ない赤肉部位のため日本のステーキほど美味しくなかった。それでも全て食べる。多くの方が残されていた。家内は1/3程しか食べなかった。続きはPART Vへ

2019年11月23日

初めてのハワイ旅行 PARTT

 11月13日からツアーでハワイ島(別名ビッグアイランド)に出かけた。今の若い人達は新婚旅行でハワイ旅行は当たり前のようだが、私の頃は海外旅行という選択肢は一般庶民にはなく、宮崎日南海岸など国内旅行が人気だったように思う。ただし私の場合は広島で結婚式を挙げ勤務していた日立市に帰る途中大きな荷物を持って(宅配便はその時代無い)紀伊白浜・勝浦・伊勢・志麻と廻りながら帰った。
私が生まれた翌年の昭和23年に岡春男の「憧れのハワイ航路」という歌が大ヒットしたが私は1歳でそんなことは知らない。小学生の頃ラジオから流れる唄を何度か聞いて耳にのこっていた。また小学校だったか中学1年生の頃か確かでないが、ハワイから帰国した人が講堂でハワイの話をしてくれた記憶がある。その時運賃が36万円(?)くらいだと聞いたが当時は父親の月給が2万円に満たない時代だったので正に夢物語のようなものであった。
初めてのハワイ旅行なので本来ならホノルル辺りに行くのが順当かも知れないが、ツアーの名前が「連泊でめぐるゆとりのハワイ島6日間」であり、年寄りにむいていると思って決めた。羽田発のツアーは初めてで広島空港から羽田に行く。新幹線と違って飛行機は遅れたりするため時間に不安があり少し余裕を持って出かけた。18:30に羽田着。21時に指定された団体カウンターに集合し航空券をもらい、チェックイン後ハワイアン航空にて23:55に羽田を飛び立つ。
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7時間ほどの飛行で無事エリソン・オニヅカコナ国際空港にハワイ時間で13日の12:30到着。日本との時差は19時間。着陸前、窓から見た景色は火山の裾野が広くあちこちに黒色の模様が見えた。雲の陰かと思ったが実は200年ほど前に噴火したときの溶岩が流れた跡だと後で知った。
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入国審査をするところが建物内でなく、白色のテントの中なのでびっくり。タッチパネルで質問に答え、パスポートのスキャン後、顔写真を撮影しAIがパスポートの写真と照合、さらに右手の指5本の指紋を採取される。さらに手荷物検査並びに審査官により英語で入国目的、滞在期間、滞在場所など質問されたが何とか答え無事入国出来た。
日本を出るときは寒くて厚着をしていたが、常夏の島すぐに半袖に着替える。
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 マイクロバスにて島の東側のヒロにあるホテルに向かう。なおこの国際空港にオニヅカという日本名が付いた由来を添乗員さんが話してくれた。1986年1月28日スペースシャトルチャレンジャー号が打ち上げ73秒後に爆発分解し乗員7名が死亡した。その時の乗組員の1人が日系3世のエリソン・オニズカ氏(日本名 鬼塚 承次)で彼の出身がコナであったことより彼を称えこの名前に改称されたとのこと。この事故は当時衝撃を持ってTVニュース番組を見ていたのでその時の画像が思い出された。
さらに添乗員さんから色々とハワイでの注意事項を聞く。例えば道路の横断は横断歩道以外で渡ると罰金、公共の場所や道路での飲酒が駄目だとか、またホテルでは毎日チップ(枕銭)が必要だとか説明してくれた。サドルロードを通りマウナロア山、マウナケア山を見ながらホテルに向かう。4000メートル越えの山で富士山よりも高いのだがそんなに高いようには見えない。多分裾野がなだらかでそれらを遮るものが無いからなのか?
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この旅行の目玉のひとつにマウナケア山(4205m)頂上での星空鑑賞があったが、マウナケア山に新しい望遠鏡を設置する工事に対しこの山は神聖な山であるとしてハワイアン達の反対デモが起こり、工事は中断、山頂に到る道路が封鎖されていて行けないので代替えツアーになることを出発5日前に旅行会社から説明を受けていた。途中道路を封鎖している現場を左手に見ながら行った。その辺りから雨が降り出す。ハワイ島ではマウナケア山とマウナロア山が中央にあるため東海岸は雨が多く西海岸では雨が少なく、植生も違っているのだとか。ヒロについてバスはKTAスーパーに立ち寄ったのでペットボトルの水と缶ビールを手に入れる。その後ヒロファーマーズマーケットにも立ち寄る。
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ヒロハワイアンホテルには16時前に到着。ゆとりの旅行で助かる。夕食までの間ホテル前の小さな島に行って見たり、かって長崎県出身者の日本人町が有り今は日本庭園の公園になっているを見たりした。またホテルの前の通りは大きな木の並木道だがその木には植えた人のネームプレートがある。ホテルの前の木はベーブルースが1936年に植えたようだ。夕食はホテルのレストランで食べた。続きはPARTUへ

2019年11月21日

森 信三著「幻の講話・第三巻」を読んで

 九月の終わりに致知出版社のメールマガジンでこの本のことが書いてあった。20年ほど前に同じ森先生の「修身教授録」を読んだことがある。「修身教授録」は先生が大坂の天王寺師範学校での講義の筆録で有り、講義の内容は将来学校の先生になるための心構えのようなものであった。しかし「幻の講話」は実際に講義したものでは無く講義をするならこの様なものを話そうと考えて執筆されたものである。
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 この本の紹介が出版社のホームページに掲載されていた。
『国民教育の師夫と謳われた森信三先生による不朽の名著、森先生が70代で執筆された著作で生徒を対象に講話(授業)を進めていく形式で、年代別に各30編、全150講話が収録されている。『修身教授録』と並ぶ代表的著作と言われ、青少年への講話集で有りながらその内容は年代を問わず「人間、いかに生きるべきか」の指針となるものばかり。
本書刊行に至るまでには、幾多の困難があった。昭和44年夏、先生は下稿の前半部を一気呵成に書き上げるも、その後、ご夫人の病死、ご長男の事業の蹉跌・急逝……など苦難や試練に次々と見舞われ、幾度も中断を余儀なくされる。完結までに足かけ五年の歳月を費やした本書は、森先生自らが「宿命の書」と名付けたほど、特別な思いを寄せられる作品である。』
 現在第4巻を読み進めているが、第三巻がずいぶんと気にかかった。女子高校での授業を想定して書かれたものであるが、女性の方がその永い人生の途中で遭遇する色々の試練というか、出来事について書いてあり、50年前に先生が危惧されたようなことが現在世の中に起きていることを思えば先生の洞察はすばらしいものがある。
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 目次に示すように「人生の意義」、「幸福と生きがい」の問題などこれから生きていく上での根本的な問題を書かれている。さらに第五講「両性の分化とその神秘」では戦後、男女をほとんど区別しないような考え方や扱い方が進歩的であるかのように言われているが、これは大宇宙の神秘に対する重大な冒涜だと述べられている。その原因を先生は西洋的なヒューマニズム(人間本位論)すなわち人間のみを重視して、この大宇宙を背景とする一切の有情(生き物)の存在を認めない、あるいは軽視する西洋風のものの考え方から来ていると述べられている。
 確かに現在ではLGBTなど社会の多様性が求められており、子供3人産んで欲しいと発言した大臣が辞任する世の中では、先生のような考えに怒り心頭する人も多いかもしれない。しかしNHK「ダーウインが来た」という番組を観ていると動物、魚、鳥さらに植物に至るまで子孫(種族)を残すためにのみ存在していると思える。
 第六講「同権と分担」では戦後GHQの占領政策により「男女同権」が打ち出された。これは主として法律上婦人の解放を意図としたもので婦人参政権、被選挙権、妻の財産権を意図していたが、男女両性の分担というか役割や受け持ちまで同一であるかの様に受け取られ、今やわが国の若い女性は女性としての感覚が麻痺して母性喪失者の群れがちまたに充満している感があり、その証拠として未婚の母の捨て児や嬰児殺しなどの異常事件が続出していると述べられている。執筆されて50年ほど経過した現在でも子供に対する虐待のニュースが後を絶たず母性の喪失はさらに進んでいるのではないかと思う。
 第八講の「男の幸福と女のしあわせ」では、男は家計を整えて、子女を養育する上で何ら後顧の憂いの無いこと、男の幸福とは、結局自分の仕事に対して一切後顧の憂い無く打ち込めることだとしている。一方女性の幸福は、直接自分の特徴とか個性を発揮することよりも夫をして後顧の憂い無く雄々しく敢闘させると共に、子女を健全に育成するという任務を立派に果たすことだとしている。しかし造物主が創造した男女の役割の「原型」のうち、女性が男性を模倣し積極的に男性と角逐しようとする傾向生じてきて男子から勇敢に闘う気魄を殺ぎ弱化させてきている。これは民族の「風化現象」だと嘆かれている。
 第九講の「女性と母性」では女性の真の幸せが子供を生んで母親となり母親としての自覚に生きることにあると言う点への理解の不足から女性の母性という意識が薄れてきている。
男女が結婚すればやがてそこには子供が生まれるが、母性としての生き方に対して、十分にその自覚の種まきがなされていないために、子供の出生と同時に、生理的には母親となりながら、精神的な面においては、母親としての自覚のない女性が出つつあることは、時々新聞に見られる残酷きわまりない所行が若い女性によって為されている。実際、生後間もない赤ん坊を、駅のコインロッーカーに押し込めて捨てるとか、あるいは殺して土中に埋めたり、さらには袋に入れて錘を付けて池の中に投げ込むなどというに至っては唯々驚きの他はなく、これが優しさをその本性とする女性の所業かかと思うと全く戦慄を覚えずにはいられない。戦前のわが国ではほとんど耳にしたことがなかった事件で有り、この様な記事を読む度に戦後のわが国がいかに荒廃したかの断面を見せつけられ真に耐え難いと書かれている。これらの原因は種々有るがその中でもっとも顕著なのは、戦後のアメリカ思想が、男女両性の人間的平等性を強調するあまりに「母性」というものが切り捨てられたことに、その重大な一因があるとされている。先生は母性の特質を『無条件の包容』というコトバに置き換えて説明されている。
 さらに講話は進み、「娘時代の心がけ」、「結婚について」、「夫婦の愛情」、「育児と家計」、「料理その他」、「しつけの三原則」、「共稼ぎの問題」、女性が一生を送る上でひょっとしたらであうかも知れない「未亡人」、「再婚の問題」、などにも言及されている。
 読んでいてひとつ気になったのは第十七講「育児と家計」の最後にお金の使い方が書いてあり、現在キャッシュレスが推奨もてはやされる時代に逆行すると思われるかも知れないが、カードローン地獄の問題等を耳にすると私は一理あると思う。 抜き出してみると
『経済というものは、丁度水のようなものでありまして、収入が多くなればそれに応じ支出もまた多くなりがちなものであります。ですから、そうした意味からはわれわれ人間は生きているかぎり、経済に対して手放しでいられるということは、よほど例外的な場合以外には無いと考えて良いでしょう。
そこで最後に家計を引きしめる上で、大切と思われる事柄を2,3申し添えることにしましょう。それは
(1)「入るを計って出ずるを制する」ということでありまして、これは経済上永遠不動の鉄則といってよいでしょう。
次には、(2)いかに安いからといって、当分不用の品は買わぬということ、
(3)同時に、買う以上は、自分の身分より多少良いと思われる品を求めて、大切にして永く愛用すること、
(4)なお予定しなかった品物で、ある金額以上の品物については、必ずその場で買わずに、
その日は一たん家に帰って、それでも尚どうしてもあきらめかねる様な場合には、財布と相談の上で、翌日もう一度出かけていって買うようにすること。この方が、たとえ交通費は使っても、結局は経済的になりましょう。
最後に(5)大きなお札をくずすのを、一日でもよいから先に延ばすことです。とにかく、以上の五ヶ条をよく守られたら、たとえご主人の俸給が十分でないとしても、とにかく金に困るということだけは、終生なくてすみましょう・・・・』
と書いてあった。これから結婚するであろう女子高校生への話であるが、ことお金に関しては、今の私にも役立つ助言である。
 この第三巻は女性の人生に対するアドバイスであるが、約50年前と比べ結婚、妊娠、出産、家族の有り方など社会の変化共にライフステージにおいて多様な選択肢が広がってきたことは否めないが、大正生まれの母親に育てられ、森先生が書かれた年齢に達した私にはかなり共感部分がある。しかし先生の考え方は旧い固定観念だと言われる人達もおられると思います。願わくは若い女性の方には是非一度読まれてこれからの人生で起きるかも知れないことをあらかじめ知識として知っているのも良いのではなかろうかと思う。

2019年11月03日

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