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最近の記事
09/22 医療費窓口負担
09/13 ウォーキング効果で「脂肪肝」消失
08/18 喜寿同窓会
08/07 初めての債権者顛末記
07/14 カラスによる食害
外部グログ

大先生(元院長)のブログ

医療費窓口負担

 本日「後期高齢者医療被保険者証」が広島県後期高齢者医療広域連合から送られてきた。これで今年3回目の保険証である。と言うのも3月から後期高齢者になったため最初3月25日から7月31日まで有効なもの、次に8月1日から9月30日まで有効なもので本日送られて来たものは来年7月31日まで有効となっている。これは10月1日より今迄1割り負担で有った方の中で一定以上の所得がある方は窓口負担が2割負担に変更されるからだ。
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 厚労省のHPによれば『少子高齢化が進展し、令和4年度以降、団塊の世代が75歳以上の高齢者となり始める中、現役世代の負担上昇を抑えながら、全ての世代の方々が安心できる社会保障制度を構築することが重要です。
 このような状況を踏まえ、医療保険制度における給付と負担の見直しを実施するとともに、子ども・子育て支援の拡充や、予防・健康づくりの強化等を通じて、全ての世代が公平に支え合う「全世代対応型の社会保障制度」を構築することを目的として、令和3年の通常国会において、健康保険法等の一部を改正する法律が成立しました。
 この法律により、令和4年10月1日から、現役並み所得者を除き、75歳以上の方等で一定以上の所得がある方は、医療費の窓口負担割合が1割から2割に変わります。また、窓口負担割合が2割となる方には、外来の負担増加額を月3,000円までに抑える配慮措置があります。』と説明されている。
そして2割になる人の数は後期高齢者全体の2割の人だと書いてあった。私の場合まだ現役バリバリで仕事をしているので今迄と同じく3割負担である。しかし「さいだ歯科医院」に通院される患者様の中には影響がでる方がいらっしゃるであろ。ただ厚労省のHPに書いてあるように「外来の負担増加額を月3,000円までに抑える配慮措置」が少しは有効であるだろう。ただメンテナンスの患者様には厳しいかもしれない。 
 ところで医療費の負担割合というのは法律で決まっており今迄は75歳以上の者は、1割(現役並み所得者は3割)。70歳から74歳までの者は、2割(現役並み所得者は3割)。70歳未満の者は3割。6歳(義務教育就学前)未満の者は2割、となっているがこの度75歳以上の者について改正が行われたと言うことである。
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6歳未満の就学前乳幼児については乳幼児医療と言うことで2割負担であるが、各自治体が補助を行っている。
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 尾道市でも最初は6歳未満で通院の場合1医療機関につき1日500円の患者負担で、同じ医療機関での1ヶ月の負担は通院月4日までの支払い(最高2000円)でその後は窓口負担がないと言うサービスが行われていた。その後小学校卒業までに延長され、さらに中学生までと延長されてきたが、この度10月1日より18歳到達後最初の3月31日(高校卒業)までに延長された。近辺の三原市、福山市よりも良いサービオス提供となった。平谷市長を始め市議会の先生方の英断によるものであり医療提供側としては本当に有難いことである。これにより少しでも受診抑制がなくなり市民の健康に役立てば良いと思う。
 また最近は若い人達がUターン・Iターンをして地方に移り住むケースが増えてきていると聞くが、この人達にとっても子育てするのにどこが良いか探す場合大いに参考にしていただき尾道市を選んでいただけるのではないだろうか?

2022年09月22日

ウォーキング効果で「脂肪肝」消失

 私は30年近く毎年お盆明けに三原医師会病院で健診を受けている。今年も8月25日に健診を受けた。今年は健診結果に期待をしていた。と言うのも昨年健診医から「少し運動をした方が良い」とアドバイスを受けそれで9月4日から毎日ウォーキングを始めた。雨が降ったりした時以外はほぼ毎日歩いている。最初は昼休みに診療室の周りを歩き、休日は自宅の近くを歩いていた。しかし今年4月21日から朝5時に起床して出勤前に7q前後50分ほど歩いている。この1年間の1日平均ウォーキングは7qで平均歩数は7561歩であった。
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 ウォーキングをしたことで体重や腹囲が減っているのは日々なんとなく感じていた。若い頃買ったズボンが昨年までは入らなくてタンスに仕舞い込んでいたが最近は入るようになっている。そして逆にここ2〜3年前に買ったズボンは、すかすかでベルトを締めるとズボンがだぶついて随分ださい感じになっている。
 先日健診結果が送付されてきた。
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体重は昨年比6.7s減少、また腹囲は7.4p減少していた。メタボ判定のBMIも2減少して23.4と標準になった。中でも一番驚いて喜んだ結果は腹部超音波検査で20年以上脂肪肝と判定されていたが今年は肝臓に白い陰がなく、脂肪肝ではないと判定された。毎年のように総合判定では「肥満傾向、脂肪肝を認めます。バランスのとれた食事と適度な運動を心がけ、体重のコントロールに努めましょう。」とのコメントが記載されていたが今年はこのコメントは消えていた。
歩けば当然エネルギーを消費するが、私の食事の量や内容、1日に飲むアルコール量((福山鞆の浦の保命酒、ぐい飲み半分(0.3合)と缶ビールなら350㎖1本程度))にほとんど変化はないことから、歩く(有酸素運動)ことにより消費するエネルギーはもっぱら今迄肝臓に蓄えられていた脂肪を消費したのではないかと考えている。肝臓の脂肪がなくなったせいか最近よく腹が減り夕方5時前頃からお腹が「ぐー」と鳴る、患者様に聞こえているのではないかと危惧する。
また腹部超音波診断では一昨年右の腎臓に「のう胞」が認められたが大きさに変化はない。さらに胃カメラでは毎年良性のポリープが認められ、「これからも内視鏡検査をおすすめします。」と書かれていた。
 この度初めて指摘されたことだが、血液検査で白血球数・赤血球数・血色素量・ヘマトリックトが少し正常値より低かった。そのため貧血傾向がある診断され「鉄分を多く含む食品の摂取を心がけましょう。めまい、立眩みなどの自覚症状があれば内科受診をお勧めします」と言うコメントがあった。現在、立眩みなどの自覚症状はなくウォーキングをするために朝早くから起き、昼休みも診療室裏手の家庭菜園での水まきやトマトなどの収穫、草取りなどをしていることから少し働き過ぎ、夏場で睡眠時間などが少し少ないなどが原因ではないかと自己分析を行っている。
とにかく脂肪肝が無くなったことが嬉しくてたまらない。これからもウォーキングを続け食事・アルコールに気をつけて生活をしようと思う。

2022年09月13日

喜寿同窓会

 先日8月16日に尾道北高等学校16回生「喜寿の同窓会」が尾道市役所屋上広場で開催された。昭和60年の8月16日に同窓会が開かれた時、毎年この日に同窓会を行うように決めた。最初こそ守られたが段々開かれなくなった。7年、前北高槙ヶ峰同窓会卒後50年のホームカミング以来の集まりである。東京や大阪などからも集まり34人が参加した。発案者はずっと事務局を担当してくれているH君で、6月の槙ヶ峰同窓会終了後の昼食会の時、8月16日の16時16分に尾道市役所屋上で喜寿の同窓会を開催しようと提案をして決まった。私は3月に75歳になったばっかりでピンとこなかったが、彼が言うにはこの様なお祝は数えでするのだとか。彼は4月生まれで正にぴったり。来年の8月では満77歳を迎えている人がいるので今年しかないと思い賛同。
彼が出欠の案内やら準備一切を引き受けてくれた。そして出欠のハガキの裏に今の心境などを書いてもらいそれをそのままコピーして冊子を作り当日の記念品とする事になった。
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 当日は同級生の家内共々出席。雨が降りそうな天候であったが終了まで持ちこたえた。
最初に事務局を引き受けてくれているH君が把握している物故者は49人(およそ一クラス分の人数)だとかで全員で黙祷をした。そして新会長のK君の挨拶、その後全員による北高校歌斉唱だったが歌の歌詞もおぼろげで有ったが、なんとか歌えた。それから77歳という年齢に合わせて一人77秒のスピーチに移る。
 まずゲストとしてお迎えした平谷市長は公務の合間を縫って出席を頂いたが、今は亡き同級生の弟と言う縁もあり、これからの尾道の行くべき道などについて少しお話しを頂き、その後すぐに公務に復帰された。続いてもう一人のゲストは高校2年生の時に赴任された国語の国本先生である。聞けば来週88歳になられるとか。今でもお仕事で尾道から広島まで通勤されているとか。すごいバイタリティーである。見習わなくてはと思った。
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 後は順番にスピーチをしていったが、中々77秒では終わらない人も多くいた。
私が話した要約は『何かの本で読んだのだが、人間生まれる前に白い服を着たひげのお爺さんのところに呼ばれていき、いつ死ぬかを聞かされ納得の上でこの世に生まれてきている。私は5歳の時池でおぼれ死にかけたことがあり、その時「助けて・助けて」と叫ぶが、ただ泡が「ぶく・ぶく」と明るい水面に向かって上がって行くのが見えていた。その後のことは何も憶えておらず、気が付いたら土手の上で皆が心配そうにのぞき込んでいた。恐らく私が生まれるときにお爺さんに言われた年齢は5歳では無かったのであろう。この命、最後まで生ききって全うしなくてはならないと話した。』
 終わって三々五々解散となった。残念ながら集合写真を撮り忘れた。食事に行く人達もいたが、私は食事会に参加してもしもコロナに感染したら患者様、従業員、さいだ歯科医院に多大な迷惑がかかると考えこの度はそのまま帰宅する。丁度小・中・高の同級生のT君も帰ると言うので駅まで話ながら歩いて帰った。
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 帰宅してから記念品としてもらった「喜寿記念 はがき文集」を読んだ。
なんと108名の同級生が近況を書いていて驚く。卒業したのは家庭科を含め350名ほどでそのうち50名が鬼籍に入っているので現在300名ほどが生きていることになる。そのうちの108名とは3人に一人が近況を知らせてくれたことになる。懐かしい名前も多くあり本日会えなかったが、文集を読みながら昔を懐かしんだ。

2022年08月18日

初めての債権者顛末記

 さいだ歯科医院では1997年(平成9年)9月に創世ワールド株式会社の「創世水生成器」を導入した。水道の水を「創世水生成器」に通すことで得られる創世水は、洗浄力が高く洗剤がいらないとか、還元力を持った水なので酸化を防ぐとか、活性水素を含むため体内の活性酸素を中和することにより身体に良いと言われ、息子達がひどいアトピーに悩まされていたこと、健康に関する仕事をしているのだからと思い直ぐ導入した。そして21年間使用し、2018年(平成30年)10月に性能UPした後継機に入れ替えた。
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 その間、創世ワールド株式会社は創世水の新たなる可能性を求めて研究開発を行っていた。平成18年頃にこの創世水と油を混ぜて燃焼させる実験に成功したと報告があった。そして創世水50%と石油50%の燃焼にも成功し、この燃料を「SFW」と命名した。このSFWを内燃機関が使うようになればCO2やNOxの排出が抑えられ環境に優しい燃料となる。脱CO2と言った世の中の動きにぴったりであり、本当に良い研究だとおもった。マレーシアの漁船をSFWで動かしているビデをなどが会社から送られてきた。
 社長の深井利春氏はその研究にさらに熱を入れられるようになり新たに深井総研株式会社を設立した。そのため研究費や運営費を捻出するのに生成器を導入した人たちを対象に「縁故募集」と言う形での転換社債を発行することになったようだ。2015年9月に購入して欲しいとの依頼があり私は一口だけお付き合いをすることとして、私の虎の子を崩して投資をした。ただいずれ株券と交換すると言うことで社債証書は発行されず仮登録証のみが送られてきた。その後、年1回程度開発状況などの報告書が送られてきた。
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 しかし転換社債を株式に変更する話は遅々と進まなかった。最も創世ワールド株式会社は上場されておらず海外市場を狙って上場先を探していた、上海取引所Q板上場に2016年6月3日に上場されたが、毎日売り買いできるような市場ではなかった。その後オーストラリア市場にアタックし、そこが難しいとなると香港市場へ上場しよう画策していたが出来なかった。その間も何回か社債購入の案内があったが私は応募しなかった。
 ところで私は2018年3月に長野県上田市にある創世ワールド株式会社の本社(深井総研)を訪問し創世水とガソリンを混合しながら走る車に乗せてもらい長野県上田市をドライブした。乗り心地は通常の車と同じで特に違和感は無かった。この燃料(SFW)を使用すればCO2やNOxの排出が抑えられ環境に優しい燃料であると思われた。
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 ところがいつまでも社債が株式に転換されないことで一部の人たちが「新規上場詐欺」だと言って告訴をすると騒いでいるという「注意喚起」なる文章が2019年7月15日付けで送られてきた。私は創世ワールド株式社、深井総研株式会社を信じていたのでほとんど気にもとめていなかった。
 その後2020年12月30日に深井利春社長が10月20日に亡くなられ新たな経営陣で会社をやっていくという手紙が突然届く。そうしたら2021年2月20日長野地方裁判所上田支部破産係より創世ワールド株式会社および深井総研株式会社が破産をしたと連絡をしてきた。全くもって寝耳に水の話である。
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 まず思ったことは私が投資した転換社債は紙くずになったこと、さらに2年前に新たに買い換えた創世水生成器のメンテナンスがどうなるかである。年一回メンテナンスをしてもらっていたがこれが出来ないとこの生成器はお払い箱となるが、幸いにも今年(2022年)になってメンテナンス会社が決まり5月にメンテナンスをしてもらった。
 その後、上田市のS弁護士が破産管財人になったと長野地方裁判所上田支部破産係から破産手続きを開始する旨の通知書が来て債権の届け出をする様に言ってきた。創生ワールド株式会社には債権はなく、深井総研株式会社の転換社債を届けた。その中に2021年6月7日に財産状況報告集会を行うので出欠の可否を問うてきたがコロナ禍でもあり欠席として資料だけを送付してもらうことにし、2021年6月15日付けで資料が届いたが会社にはほとんどなにも残っていなかった。10月6日に第2回債権者集会があると案内があったが欠席とした。
 その後色々調べた結果2022年7月28日付けの「最後配当のご通知」という書類が破産管財人のS弁護士より届き、会社の債務は15億2千万弱で、配当できる金額が3,200万円程度であり、配当率は2.1162%と知らせてきた。全部パーだと思っていたのに投資額の2%強が戻ってくるということである。それにしても会社が倒産すると言うことは大変で関係者に多大な迷惑を掛けるのだとよく判った。債権者は管財人任せで何もしないが債務者だと毎日が針のむしろであろう。債務者だけにはならないよう日々精進しなくてはと思う。
 それにしてもSFW関係の特許やノウハウはどうなったのだろうか?中国とシェールオイル掘削現場での汚染土壌の洗浄に創世水を使用する研究を共同でやっていたが、どさくさに紛れて盗まれたのではないだろうか?それが気になった。

2022年08月07日

カラスによる食害

 先日7月9日の中国新聞の備後覧に「厄介者のクラゲ漁業者悩ます」という記事が出ていた。私は毎朝自宅の近くをウォーキングしているが先月28日に尾道保健所の前の岸壁に沿って歩いているとき大量のクラゲが浮遊しているのに気が付いた。その数は恐らく何万匹以上であったろう。丁度満ち潮の時間帯で三原の方から松永の方に向かってびっしり浮遊していた。3日間くらいは同じような状態であったが、新聞記事が出た日には所々に浮かんでいる程度である。あれだけの数どこかに流れていったのか、それとも漁業関係者が除去されたのであろうか?新聞記事にも書いてあったが漁業関係者に取っては死活問題になりかねない。余分な話だがその日の新聞トップは「安倍元首相撃たれ死亡」の記事であった。
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 ところで尾道の山間部では畑にイノシシが出てきてせっかく植えていたものが台無しになったという話しを患者様などから伺う事が多くなってきている。お百姓さんにとっても死活問題である。これも耕作放棄地などが増えてイノシシが人の住むエリアに近付いてきて事が原因であると言われている。
 私も診療室の裏で小さな家庭菜園をしているが、私の所は国道184号線沿いで車の交通量が多くまだイノシシはでて来ない。しかしカラスがやってきて作物を荒らす。先日もトマトを襲撃された。
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 毎年ミニトマトしか育てないのだが、今年は家内がお友達から大玉のトマトの苗2本を頂いたのでそれを育てている。出来るだけ赤く熟れてから収穫しようと思っていた矢先、カラスにやられた。仕方なくそのトマトを畑の横の方に投げ捨てておいたが翌朝その場にいってみると投げ捨てたトマトはさらにカラスに食われていた。
そこで自衛策として今は少し赤くなったところで収穫し家に持って帰り3日〜4日おいていて赤くなったところで食することにしている。今までミニトマトなら赤くなってもカラスにやられたことはない。
 家庭菜園を初めてから今までにカラスにやられた作物としては、スイカ、落花生、トウモロコシ、イチジク、柿であったが、トマトも襲撃されることを知った。それにしてもカラスは賢いのか、私がそろそろ収穫だと思っているタイミングでやってきて先に食い荒らしてしまう。畑の横に電信柱がありそのてっぺんにカラスがしょっちゅうやってきてきょろきょろしているので襲撃のタイミングを見計らっているのであろう。
 ところで現在私の家庭菜園では茄子、オクラ、シシトウ、ピーマン、キュウリ、トマト、ショウガ、サツマイモ、山椒、九条ネギ、茗荷等をチョットずつ植えている。この中で1ヶ月程前に山椒の若葉に長さ3センチくらいの蝶の幼虫・青虫が2匹とりついて芽吹いたばかりの若葉を2日間くらいで食べてしまった。かわいそうであるが幼虫は殺した。現在は若芽がまた出てきて何とか枯れずに育ちそうである。毎日見回りをしなくてはならない。
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それにしても蝶の幼虫被害は以前大根を植えたときに全部食べられ全滅したことがある。無農薬で育てるため白菜などもやられたことがある。
 私の場合たいした食害ではないがそれでも水やり、除草など世話をしていると愛情が湧くのでやられると情けないし腹が立つ。まだ人間が出来ていないのであろう。

2022年07月14日

不覚にも歯痛に襲われる

 先週の木曜日(16日)に左上の奥歯が少し浮いた感じがしていた。このところ休みの日にジャガイモの収穫、そしてサツマイモの植え付け、さらに昼休みにはキュウリ・トマト・なす・ピーマン・シシトウ・オクラ・モロヘイヤ、さらに植え付けたばかりサツマイモの苗の水やり等、ゆっくりする暇も無く農作業が忙しく少し疲れているのだろうと思っていた。
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 ところが18日(土曜日)の朝3時54分に歯が痛くて目が覚める。
上下の歯を合わせると痛い。指で触ってみるとどうも左上の第一大臼歯のようである。さらに歯茎から何かとんがったようなものもある。昨夜の歯磨きが十分でなかったのかと思い布団に転がったまま30分ほど歯磨きをする。5時に起床したときは少し痛みが治まっていた。そのまま朝のウオーキングにでかけ、帰宅後朝食を摂ったがやはり左で噛むと痛い。出勤してレントゲン撮影をしたら、歯の神経(歯髄)がいつの間にか死んで歯根尖に膿がたまっているようなレントゲン画像であった。
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とりあえず仕事が始まる前に息子に応急処置をしてもらう。
 この歯は何年か前に、歯髄腔近くまで摩耗していて凍みるようになったので何とか金属で修復した記憶がある。第一大臼歯は6歳の頃生えてくるため別名6歳臼歯とも言われている。ということは75歳となった現在この歯を69年間使っていることになる。
 私もいままで何度か歯の痛みに襲われたことはあるが、寝ていて痛みで目が覚めた経験は初めてである。よく患者様から問診で痛みの様子などをお聞きするのだが、身をもって体験したのでこれからはもう少しいろいろな角度から質問をするよう工夫してみよう。
 それにしても今まで痛みが無かったことで全く自分の歯の検診をしていなかった事に気がつく。撮影したレントゲン写真からは昨日・今日の話ではなく、少なくとも半年くらい前からは少しず歯根尖の膿の袋は出来つつあったのではないだろうか。私が最後に撮ったレントゲン写真は2020年3月31日であった。患者様にはせめて1年に1度は検診においで下さいと言いながら自分の検診をしていなかった事が恥ずかしい限りで、「医者の不養生」、「紺屋の白袴」状態であった。反省しきり。
なお18日に息子に応急処置をしてもらっていたが、本日21日から本格的に治療を開始してもらう。
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 歯が痛いと食べるのが不自由であり、しかも食べる意欲がそがれてしまう事を身をもって経験できた。自分の仕事は世の中の人にとって大切な仕事なのだとつくづく思った。

2022年06月22日

国民皆歯科健診について

 今年は6月4日から10日までが歯と口の健康習慣であった。例年この時に合わせて尾道市歯科医師会は尾道市と共同で就学前児童と保護者を対象に「歯っぴーフェスティバル」を開催し、無料歯科健診や、各種イベントを行い啓発活動を実施している。ところが一昨年・昨年・今年と連続してコロナ禍のため中止せざるを得ない事態に追い込まれ、我々歯科医師会として意気消沈していた。
 ところがこの6月7日に政府が「経済財政運営と改革の基本方針2022」いわゆる「骨太の方針」を閣議決定した。なんとその中に永年私たちの夢であった「国民皆歯科健診」の検討が明記された。具体的には基本方針第4章中長期の経済財政運営の第2項持続可能な社会保障制度構築の中で下記のように記載された。
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 これは画期的なことである。歯科医師会は永年口腔疾患と体の中の様々な病気との関連を指摘してきた。またオーラルフレイルと寝たきりの関係など全身との関係についてことあるごとに発信してきた。そして歯科医師で国会議員の先生方を中心にこのことに興味を持たれた国会議員の先生方を巻き込んで国会内に「国民皆歯科健診実現議連」立ち上がり検討されてきて事が誘因であろう。
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 私たち尾道歯科医師会は30年以上前から「マイナス0歳からの8020」を掲げて活動をしてきた。尾道市における歯科健診の歴史を振り返ると、まずマイナス0歳に当たる健診としては妊婦健診を実施出来るようになった。政府の方は1.6才児・3歳児歯科健診を義務づけている。その後は幼稚園・保育所での健診、そして小学校に上がる前の就学前健診がある。その後学校に上がれば高校3年生までは自動的に歯科健診が受けられる。しかし高校卒業後はほとんどその機会が無く、社会人になると年1回の医科の健診を受けることが義務化されているが歯科健診は入っていない。そんな中、健康増進法が施行され40歳・50歳・60歳・70歳の節目健診を行うようになった。しかしこれでは10年間も健診から遠のいてしまうので何とか間隔を縮めたいと思い私が会長の時代に尾道市歯科医師会と尾道市が協議を重ねて7年前から30歳から5年刻みで健診を行うようになった。なお75歳を超えると広島県が後期高齢者のために1回だけ歯科健診をするように案内が来る。
これでも5年間の間が開いてしまう。私の医院でも5年ぶりに来院という患者様は結構いらっしゃるが、口腔内もかなり重傷化している場合があり、この様なケースを見る度にもう少し早くおいでになれば何とか歯を残すことが出来たのにと思う事は多々ある。
 この度の「国民皆歯科健診」は画期的なものであり新聞にも記事が掲載されていた。
中国新聞では5月31日に報道があり、産経新聞では閣議決定の前の日の6月6日に報道された。
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また昨日(6月9日)の産経新聞の記事によれば日本歯科医師会の堀会長が実施には3〜5年は掛かるだろうとコメントされている。
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歯科健診の実現に注力してきた私としてはこの度のことは嬉しくて仕方がない。出来るだけ速やかに実施されればと願うものである。

2022年06月11日

玉ねぎ収穫

 先日、昨秋(9月20日)に種まきをした玉ねぎを収穫した。毎年、玉ねぎは種から植えることにしている。農作業覚え書き見ながら振り返って見ると、種はスーパーマーケットのコスモスで「おいしい玉ねぎ まどか (中生)」を購入。袋の裏に種まきなどの詳細が書いてありそれに従う。
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 まず玉ねぎの種を苗床にまき湿った新聞紙で種の上を覆い10日ほど過ごす、途中水やりは欠かさなかった。その後新聞紙の覆いを外し、液肥(万田酵素)と粒状の有機肥料(有機189)を与え育苗した。
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 そして10月30日にマルチの畝をつくり、11月3日にその苗を植え付けた。12月2日の時点で4本ほど枯れてしまい、予備に残していた苗をそこに植えた。そして途中2月に草を取ったりして5月9日に液肥をやり5月21日に収穫した。
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 昨年は丁度この時期ワクチン2回目を打ち終わっていたにもかかわらずPCR検査の結果コロナに感染しているということで5月21日から1週間JA尾道総合病院に入院していた。幸いにも症状はまったく無かったが、入院中に雨が降った。退院した翌日に収穫をしたがかなりの数が腐りかけていた。玉ねぎの収穫は雨との戦いとなる。私はまだ歯科医師としてフルタイムで働いているので農作業は日曜、休日にしか出来ない。全く天気を考慮出来ない。
今年は1個が完全に腐って2個が根の近くが少し腐りかけていたが十分食べられる程度であった。同じ種、同じ畝なのに玉ねぎの大きさに差が出る。小さいのもいくつかあったが概ね成功であったと思う。
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 ところで収穫した玉ねぎの中に双子の玉ねぎが4個有ったこれらは根が同じなのに途中で分岐して2個玉になっている。人間の場合は精子2個が一つの卵に入れば一卵性双生児であり、精子2個が2つの卵に入れば2卵生双生児である。しかしこの玉ねぎの場合苗を植えたときには全くもってその様な気配は無かったのに大きくなる課程で分裂したのだろうか?一体どんなメカニズムが働いたのか不思議で面白いこともあるものだ。
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 従業員やご近所さん等にお裾分けをしたが、今年は産地での不作により玉ねぎの値段が高く今日(5月25日)のNHKのニュースでは平年の2.21倍になっているとかで従業員さんに喜ばれた。
 最近、滅多に畑に顔を出さない家内が昼前に畑にやってきて一緒にトマトやキュウリの支柱立てや脇芽欠きをした。
これという趣味のない私にとって家庭菜園で季節を感じ、風を感じ、植物のにおい嗅ぎ、鳥の声を聞きながらいろいろの野菜を作り、収穫するのは本当に至福で楽しいものである。
 いま畑ではジャガイモの茎が倒れかけ下の葉が少し枯れてきたので6月梅雨前に収穫を予定している。楽しみである。

2022年05月26日

スイス政府編「民間防衛」を読んで

 2月24日にロシアがウクライナに侵攻した。連日両国の戦闘の様子がTVで放映され新聞紙上もそのニュースで溢れている。ロシアがウクライナに侵攻したことは決して許されることではないがそれ相応の事情があったのかもしれない。この状態を見ながら日本でもこのようなことが起きることは十分予想される。ウクライナの悲劇は対岸の火災ではなく、明日の台湾、明日の日本が待ち受ける悲劇であるにも関わらず、多くの日本人は対岸の火事視している。まずロシアに関しては日本との国境は高々3.5qつまり私の診療室から新尾道駅までの距離しかない。また中華人民共和国は尖閣諸島を核心的利益であり中国の領土だと言い続けて領海侵犯を繰り返している。さらに北朝鮮はミサイルの発射を繰り返し核実験も行おうとしている。今日のウクライナが明日の日本であることは十分察しがつく。しかしTV等で街の人々のインタビューが放映されるが、多くの人は「戦争反対」と言っている。しかし日本が攻められた時に防衛する戦争(ウクライナ状態)まで反対している感じがする。そもそも侵略戦争と防衛戦争を同一視している感じがする。
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 ところで私の手もとに「あらゆる危険から身をまもる民間防衛・・・スイス政府編」(原書房 2009年12月28日 新装版第24刷 訳者 原書房編集部)という10数年前に購入した本がある。訳者あとがきまで入れて319ページのチョットした本である。途中まで読んでそのままにしていたのだがロシアのウクライナ侵攻を受けて再度引っ張り出し最初から読んだ。まずこの本はスイス政府が発行し全国の各家庭に一冊ずつ配布したものである。
スイスは1815年以来200年以上永世中立国として知られているが、永世中立国だと言っても何時侵略を受けるかわからない、それで平素からどのように備えるべきかこの本を通じて国民に知らしめている。内容は平和ぼけした日本人にとっては相当ショッキングなものである。
始めの書き出し部分を少し抜粋すると、
「この本は我が国が将来脅威を受けるものとして書かれたものである。スイスは、侵略を行うなどという夢想を決して持ってはいない。しかし生き抜くことを望んでいる。スイスは、どの隣国の権利も尊重する。しかし、隣国によって踏みにじられることを断じて欲しない。・・・・我が国の中立は守られている。にもかかわらず、それによってわれわれが盲人であってよいことということにはならない。我が国の安全保障は、われわれ軍民の国防努力いかんによって左右される。・・・・自由と独立は、我々にとって財産の中で最も尊いものである。自由と独立は、断じて、与えられるものではない。自由と独立は、絶えず守らなければならない権利であり、言葉や抗議だけでは決して守り得ないものである。武器を持って要求し、初めて得られるものである。」
いかに自分たちが努力をして国を守り、中立を守るのか心構えが述べられ祖国防衛の意識から説かれている。
その後は国民各自の役割とか行動の仕方、男性は銃を持って戦うとか女性は後方支援にまわるとか、各地域ごとに頻回に訓練を行うことが示されている。防災の準備、食料、燃料、医薬品などの必要物資が多岐にわたって例示されている。この部分については日本でも水害、地震などへの備えとして少し示されているが、スイスは日本と同じように食料の自給が出来ないため、前もって2ヶ月〜1年と長期にわたる備蓄が行われている。
 さらに近隣国で戦争が起きた場合の対処の仕方など例を挙げて説明。また他国がスイスに侵攻してきた場合の対応の仕方についても詳細に記載されている。そして戦争も通常兵器だけで無くABC戦争つまり核兵器、細菌兵器、化学兵器が使用されたときの対処法についても述べられている。例えば核戦争に対してはシェルターへの避難となっている。スイスの核シェルターは各家庭で持つことを義務づけられており100%の普及率である。一方日本での普及率は0.02%で無いに等しい。爆心地に近い場合放射能の関係でシェルターからは1ヶ月以上でられない。そのため空気清浄機を備え食料・水などを日頃から蓄えるように指導されている。
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また応急手当についてもケースごとに細かに説明されている。さらにスイスが占領された場合のレジスタンスのことにまで言及している。
 最初に書いてあるように永世中立を維持するためには並々ならぬ日々の努力と潜在的脅威に対して備えている。この事がナチスドイツのヒットラーをしてスイスを攻撃することを諦めさせた。
 スイスでは侵攻されれば24時間以内に最新鋭の武器を備えた約50万人の兵士の動員が可能である。スイスの人口は2021年で約870万人である。その中での50万人である。一方日本は1億2000万人に対して自衛隊の人員は25万人弱である。あらゆる危険に備える平和愛好国といかなる危険にも目をくれない平和愛好国、との差であり、スイス人からは「日本人は国を守る気があるのか?」と問われるかも知れない。
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たまたま5月3日の憲法記念日に夜8時からBSフジの「プライムニュース」で「与野党が憲法改正論議 9条で国は護れるのか ウクライナ危機と日本」と題して討論の様子が放映されていた。共産党はあくまで憲法改正反対の立場で自衛隊は違憲なので無くすのが正しいと言いながら、もし今、日本が攻められたらいの一番に自衛隊を使って対応するなどの自己矛盾の発言あり。彼らは自身の安全を確保しながら自衛隊員には犠牲を強いることに強い憤りを感じた。私は日本人であり日本をこよなく愛している。
何を守るのか?と問われれば領土と主権、国民、国体、自由、民主主義、先人から受け継がれている大切な文化、伝統・価値観などである。
 是非ともこの本を総理大臣を始め政治家の人、また平和ぼけしてお花畑に住んでいる一般国民に読んでもらい、憲法9条では平和を得られないこと、どう対処すべきか議論をしてもらいたいものである。
 また日本はアメリカとの間で日米安全保障条約を締結しているのでいざというときはアメリカが守ってくれると勘違いしている人が多い。それは77年前の大東亜戦争の時、日本はソ連(いまのロシア)とお互い攻めないという不可侵条約を結んでいたが日本がポッダム宣言を受け入れて降伏する6日前の8月9日に突然条約を破棄して日本の満州に攻め込んできた。その結果民間人を含めて多くの人が犠牲になりさらに武装解除された兵士57万人がシベリヤに抑留され約5万8千人が亡くなった。このように条約などは一方的に直ぐに破棄される。その例としてお隣の韓国などの慰安婦問題、徴用工問題など話し合いで決まっていても直ぐに破棄される。徴用工問題は岸田総理が外務大臣の時話し合いで決まっていたのをちゃぶ台返しされている。これを考えると日米安全保障条約でさえもいつ破棄されるか分からない。自ら戦わない国は他国からも見放される。頼れるのは自分だけである。そなえあれば憂い無し。
本当にこの度のロシアのウクライナ侵攻を日本の事として対応しなくてはならないと思う。

2022年05月12日

「フォレストアドベンチアー」初体験

 ゴールデンウイークに沖縄の長男の孫達が3年振りに二手に分かれて尾道にやってきた。まず第一陣として中3と中1の2女と3女が29日夕方にやってきて広島空港に迎えに行く。尾道の二男一家と一緒に夕食をした。その時、明日どこに行こうかという話になり、愛媛県西条市にあるフォレストアドベンチアーに行くことが決まる。何のことやら良く判らないがどうやらアウトドアのアスレチックらしい。
翌朝車2台で出かける。しまなみ海道は少し車の量は多かった。途中大浜サービスエリアで朝昼兼用の食事をして一路「フォレストアドベンチアー西条」に向かう。予約時間は13時であったが12時には到着。
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 このフォレストアドベンチアーというアスレチックはフランスが発祥でこの西条のコースもフランスALTUS社が設計施工したとのこと。
受付後、ハーネスという安全装置を着用、丁度高所で作業をされる人達が着用するものでそれに滑走するためのプーリーや安全装置のフック(カラビナ)を装着して出発。
結構重量があり物々しい感じである。5分ほどで出発点に到着。ここで15分間安全講習を受け、小さいコースでプーリーやカラビナの使い方を習い、練習していよいよ本番である。
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 周りを見渡すとワイヤーが張られ樹にウッドデッキが作られている樹から樹にはゆらゆら揺れる吊り橋とか、ロープなどのアクティビティが樹から樹に張られている。このロープを渡ったりするのかと思うと少し緊張する。一番高いところは地上から18メートルとのこと。
 西条のフォレストアドベンチアーには初心者用の「キャノピーコース」と「アドベンチアーコース」がある。二男の小学6年生の孫娘は以前「キャノピーコース」を体験済みとか。
それで全員が「アドベンチアーコース」にチャレンジした。このコースはパンフレットによると西日本最大級の森林アスレチックパークで4サイトがあり、清流、大明神川をまたいだジップスライドやアクティビティがてんこ盛りとのこと。
 二男の嫁さんを先頭に二男の娘、沖縄の孫娘二人、二男、家内、私がしんがりで挑戦開始。家内は右膝に人工関節を埋め込んでいるが大丈夫なのか心配になる。二男が手本を見せながら先に行き、家内が続く、途中家内はジップスライドで対岸への着地に失敗して真ん中まで後戻りしたが係の人がロープを出してくれて無事渡れた。私と言えば恐る恐るぐらぐら揺れながら手でロープを持ったりしながら移動した。ジップスライドではなぜか途中で体が回転し着地は背中からになることが多かった。
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 1サイトが終わった時点で家内はリタイヤー。私は次の2・3サイトに挑戦。このサイトは目的地まで行って違ったコースを通りながら現在地に戻って来るコースである。樹から樹へネットの上を歩いたりして移ると、はしごを登り一段高いウッドデッキに到達。そこから次の樹にはブランコがいくつもつり下げてありそのブランコの板を渡りながら移動するのだが足を掛けるとブランコが前後・左右・斜めにと動きバランスをとるのが難しい。色々のアクティビティをこなして最後にジップスライドをして戻って来る。4サイト目は少し難易度が上がるとのこと。孫娘達は挑戦するというので私も挑戦しなんとか無事終えることが出来た。所要時間は2時間ほどだった。
 この様なアスレチックがあるのを初めて知った。ただ緊張していたせいか周りの景色はほとんど憶えていない。ましてや写真を撮るなどの余裕は全くなく、二男の嫁さんがすこし撮っていてくれていた。確かに川の上をジップスライドしながら川の流れが見えていたのは間違いないのだが楽しんで手を振るなんてことは出来なかった。この2時間トイレ休憩は出来ないので、もう少し年を取ってトイレが近くなると駄目だと思った。
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帰る途中来島パーキングエリアで一息入れて帰る。
 翌朝、孫達はなんともないと涼しい顔をしていたが私は腕と胸の筋肉を家内は腰が痛いと言っていた。どうやら後期高齢者の私や家内にとっては年寄りの冷や水で有ったようだ。

2022年05月05日

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