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大先生(元院長)のブログ

成人歯周疾患検診事業拡充in尾道市

 尾道市歯科医師会がかねてより要望していた成人歯周疾患健診事業の拡大を尾道市は今年度から予算化した。
従来節目検診として40歳・50歳・60歳・70歳の年齢に達した市民の方の歯周疾患検診を無料で行っていたが。今年度からは35歳から70歳までの方を5歳間隔で検診できることになった。非常に画期的である。県内では世羅町が一足早く実施をしていたが、尾道市は県下で2番目である。全国的には尾道市のように対象者数の多い自治体ではまだ歯周疾患検診事業すら行われていないところが多数ある。今回の尾道市の英断は素晴らしいものであり市民にとっても良いことである。
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 先日ある記事を読んでいたら「生涯医療費 歯で決まる? 定期ケアする人ほど安く・・・愛知 トヨタ関連健保組合など調査」という2011年3月28日の中日新聞朝刊の記事が掲載されていた。
 それによると『定期的に歯科医院を受診している人は、全ての病気にかかる年間の総医療費が低くなる傾向があることが、トヨタ関連部品健康保険組合(愛知県豊田市)と豊田加茂歯科医師会の共同調査で分かった。
 両団体は「歯をケアする人を増やし、医療費削減に役立ててほしい」と呼び掛けている。トヨタ自動車の関連企業の社員や家族らでつくる同組合は、同歯科医師会の協力を得て、組合員5万2600人の2009年度の医療費と受診歴のデータを分析。
 歯科医院で年に2回以上、定期的に歯石除去などをしている602人を抽出し、総医療費を調べた。その結果、定期受診の人は48歳までは総医療費が平均より高かったが、49歳を過ぎると平均を下回る分布傾向となった。
 65歳になると平均が35万円に対し、定期受診の人は20万円以下とその差は広がっていく。
組合は「歯が悪いと食事が偏ったり、歯並びが悪くなったりする。それが糖尿病や肩凝り、骨粗しょう症を招き、体全体の健康に影響する」と分析。48歳までは歯科の定期健診費用で年2万円ほどが加わり、医療費が平均より増えるものの、その後は医療費が抑えられるため、歯科の費用を含めても「生涯医療費」は平均を下回ると結論づけた。
 これまで他県の健保組合の調査で高齢者層のデータはあったが、中年層は総医療費抑制につながるという明確なデータはなかったという。同組合の中村貞次理事は「歯をケアすると、高齢者以外でも総医療費を減らせることが分かった。歯周病にかかり始める35歳ぐらいから、しっかり歯を手入れすることが大切だ」と話している。』 (島崎諭生)
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 今回、成人歯周疾患検診事業が拡充されたということは尾道市の国民健康保険の医療費を削減することにもつながりそうである。まさに一石二鳥である。
 さらに尾道市では今年6月より従来小学3年生までであった外来医療費の一部負担金、上限500円で4回までとする医療費補助制度を小学6年生まで拡大した。お隣の福山市では相変わらず小学校入学までであり、尾道市に在住する子育て家庭にとっては朗報であり、尾道市の福祉制度がより充実したものになったと思える。より住みやすい街になってきているのではないだろうか?

2016年04月16日

春爛漫

 ここ尾道も桜が咲き花一色の感が有る。3月に引っ越しをしてから毎日国道184号線を北に向かって医院まで出勤をしている。この184号線は昔、桜土手と言われ栗原川の両岸に桜並木が有り、その下を通って中学校に通っていた。中学の校歌にも「栗原川の花吹雪・・・」とある。今は東側の土手が184号線となり西側の土手に桜が残っているが見事な桜並木である。栗原川と門田川が合流する地点より北の門田川の土手は昔のとおり両岸が桜並木でそれは見事な眺めである。
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 6日は、自宅から医院まで歩いて出勤(私の足で69分)をし、まさに満開の桜をカメラに収めた。あいにく次の日が雨で少し散ってしまい、葉桜になりつつある木もあるが、まだまだ見ごたえがある。
 一昨日は尾道市歯科医師会の恒例の花見会が「千光寺山荘」で行われ、桜を愛でながらの酒宴で有った。千光寺もこの様なことが無い限り登らないのだが多くの夜桜見物の人で山頂は賑わっていた。
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 ところで我が医院の駐車場にも小さな桜の木が有り満開である。そして今年はかなり大きくなった「花もも」の花が咲きみだれとても綺麗である。
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 この「花もも」、1本の木に色んな色の花が咲く珍しい品種らしい。赤、白、ピンク、白の中に赤色が混じった花などがある。そして同じ枝の中にも違った色の花が咲いており、ほんとうにびっくりする。患者様にも人気で待合室では色々話題になっているようだ。スマフォで写真を撮られる方が何人もいらっしゃる。 
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 何年か前にホームセンターで苗木を買って来たのだが、この様な花が咲くとは思わなかった。これから毎年目を楽しませてくれるのでは無いだろうか?

2016年04月10日

朝シャン

 先日69才になったがその日の朝のことである。出勤前には寝ぐせを直すため、ここ何年間も「サクセス モーニングヘアウォーター」なる噴霧用のスプレーがついた整髪剤を使用して髪を整えている。びんの裏面の説明には「寝ぐせを直してシャンプー後のようにさらっと!  ミストタイプの寝ぐせ直し。髪に浸透してガンコな寝ぐせもしっかり治せます。速く乾いて、シャンプー後のようなさらっとした仕上がり。頭がシャキッとする爽快感。広がりすぎないスプレーミストで気になるところにヒット。無香料。」と書いて有り、ほぼ効能通りで愛用している。
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 また眼鏡もすぐに汚れるのでこれも毎日洗浄しているが、これは「ミントの香り 泡の力で皮脂スッキリ!」とキャッチコピーのついた「メガネのシャンプー」を使用している。これも噴霧用のスプレー容器に入っており、確かに形は違うのだが似ている。
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 ところがその日に限って両方のスプレーが並んで置いてあった。何も考えず疑うことなく日頃の動作よろしく容器をとり上げて髪にシュシュと4回ほどスプレーをし、その後、髪を揉んだところ手が泡だらけ。あれっと思って鏡をみたら私の頭は泡だらけ、そこで初めて間違った事に気が付く。
 仕舞ったと思えどもどうにもならず、出勤のため着替えも済ましている。家内を呼んで水を流しながら洗ってもらう。家内に借りを作ってしまった。
まさに朝シャンである。新たに髪の毛用のシャンプーは使わないでそのまま眼鏡用のシャンプーで済ませ、改めて整髪剤をスプレーして出勤した。
 「朝シャン」なる言葉はずいぶん前に流行って知っていたが、私としては朝の時間がもったいないし、水道水や光熱費がもったいないと思って否定的な意見を持っていた。それなのにまさかその私が朝シャンをするなんて、びっくりポンである。感想としては朝シャンの爽快感など感じる暇もなく、ただしまったの反省ばかりであった。
 それにしてもただ単なる間違いなら安心だが、これから歳を重ね認知症でも始まればこのようなことは日常茶飯事になるのかもしれない。
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 朝の院内ミーティングのとき、スタッフから誕生祝の花束をいただいたが、お礼方々、朝の失敗談を話すと皆大笑いであった。
先日も広島出張のとき、携帯電話を忘れ、医院に連絡しようと思って公衆電話ボックスを探すのに難渋した。歳とともに物忘れがひどくなりそうなので、これからは車の運転同様、指差し確認が必要だと感じた。

2016年03月28日

人生17回目の引っ越し

 小学校1年の6月に御調郡向島町から三原市に引っ越したのを皮切りに尾道市栗原町→佐伯郡五日市町楽々園→広島市翠町→広島市南観音町→呉市→広島市東千田町→府中市→日立市城南町→日立市石名坂→常陸太田市→北海道白糠町→北海道当別町→札幌東区→尾道栗原町→尾道美ノ郷町→現在地へと17回引っ越しをした。
 30年前に自宅兼歯科医院を建てた時はこれが「終の棲家」で最後の引っ越しだと思ったが、今年1月に息子と院長交替をし、息子に名実ともに院長になってもらうにはいつまでも歯科医院の上に私が住んでいてはやりにくいだろうと思い、引っ越しを決めた。
 以前広島に88歳と84歳の私の両親2人だけで住んでいたが、いくらなんでも限界と考え両親を引き取るつもりで市内にマンションを手当てしていた。結局父親は住むことが出来なかったが、母親はしばらくの間、家内と同居しそのマンションで生活した。その母親もつい先日7回忌を済ませた。それで空き家になっていたマンションにこの度引っ越しをした。
 これが最後の引越しとなればよいのだが、これからさらに年を重ね介護が必要になった場合ひょっとしたら施設が「終の棲家」になるかもしれない。そうなればもう一回引越しをすることになる。
 生涯90回以上引っ越しをした葛飾北斎はけた外れ。しかし転勤の多いサラリーマンなら私の比ではないだろうが、自分としては本当に良く引っ越しをしたものだと思う。
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 ところで引っ越し準備の最中家内の友人が引っ越しは60歳までにするものだと言っていたが、69歳になっての引っ越しは何かと疲れる。それにもましてマンションは今までの家より小さくしかも収納場所が無い。それが判っていても持っていくもの、捨てるものと荷物を選別したがどれも捨てがたく、それぞれに思い出が有り結局多くの物を持っていくことになった。「終活」どころではないな。
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 引っ越し前日、引っ越しをお願いした「0123アート引越センター」の女性スタッフ2名が来て手際よく段ボール箱にパッキングをしてくれた。そして当日は、若いスタッフ(男性2名・女性1名)の方3名と委託している運送屋さんの運転手さんとの4人で引っ越しをしてくれた。朝8時から積み込みを始め12時半までかかつて積み込みそして引っ越し先で降ろし終えたのが夕方6時であった。荷物を出す時、玄関から車までの距離が少し有り、又搬入するマンションには運送用の車の駐車スペースが無く道路に止めての搬入となったが、その間従業員の方々は本当にテキパキと動き、歩道を行き交う人には「ご迷惑をお掛けします」と挨拶をされながらの作業で、見ているだけで気分が爽快になる。息子2人が以前、引っ越しの時やはり「アート引越センター」にお願いしたとの事良かったなと思う。それにしても若い人たちがこんなにも頑張っているのを見て日本もまだまだ捨てたものではないと感心した。
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 現在引っ越し荷物の片づけをしているがまったく進まない。やっと仏壇が収まり線香をあげ手を合わせることが出来る様になった。

2016年03月17日

「摂食・嚥下機能訓練研修会」に参加して

 昨日、広島県歯科医師会が主催する「摂食・嚥下機能訓練研修会」に参加した。
高齢者では摂食・嚥下機能が加齢と共に減少してくることは明らかになって来た。わが国では毎年お正月にお餅をのどに詰まらせて窒息死する事故が報道されているが、その大半は高齢者である。高齢者の場合、脳卒中後遺症、パーキンソン病等の神経疾患、痴呆等の発症、長期多剤服用による副作用等が出てきて、誤嚥をはじめとする摂食嚥下機能障害が見られるようになる。
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 来院されている患者様の場合はそれほどでもないが、在宅へ訪問診療をしたりするケースの場合、摂食・嚥下機能が低下されている患者様が多い。
 私自身69歳に間もなくなるが、最近時々むせることが有り、嚥下機能が衰えて来たのではないかと心配になる。
嚥下障害とは呑み込んでも吞みこみ切れず喉に食物が残存したり、気管に食物が流入する誤嚥が発生する。この様な嚥下障害では窒息とか、誤嚥性肺炎により死に至るケースも多く発生している。そこで実際にどのように呑み込んでいるのか、あるいはどのように残留しているのかを可視化して診断する必要が有り、その検査方法としてX線透視による嚥下造影検査(VF)と鼻から極細径のファイバースコープを挿入して検査をする嚥下内視鏡検査(VE)がある。
 今回の研修会は2日間コースで昨日の1回目は摂食嚥下障害の総論、検査、診断、スクリーニングの講義と嚥下内視鏡検査(VE)の実習が有った。
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 今回のVE実習は研修会を受講した15名全員が初めての経験であり、実際の人で行うと危険が伴う為、練習用に製作されたマネキン人形を使用しておこなった。結構操作が難しかったが練習を重ねれば何とかなるなと感じた。
 最後に講師の先生が受講者の先生をモデルに実演をした。牛乳や、プリンなど色々の食物を食べさせた時の食べ物の動きを診ることが出来た。
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 それにしても胃カメラや大腸スコープによるポリープ除去等の経験は有ったが自分が内視鏡を使って実習をしたことに少なからずの興奮を覚えた。
 いずれ訪問診療などにも応用をしたいなと思うが、機器購入に200万円くらいの投資が必要との事であった。
 2回目の研修会は現在広島駅の北側に新しい広島県歯科医師会会館が建設されているが、その1階に設置される広島県歯科口腔保健センターで1年後にVFの実習をするとの事であった。これも楽しみな研修会で有ると期待している。

2016年02月29日

つぐみ

 一昨年から診療室の裏の畑で家庭菜園をしだした。タマネギやジャガイモ、きゅうり、なすび、トマト、枝豆、ソラマメ、オクラ、トウモロコシ、大根、白菜、キャベツ、ゴボウ、サトイモ等かなり色々のものを収穫し季節、季節で楽しんで来た。大根とジャガイモの収穫が終わり、しばらく畑をそのままにしていたが、そろそろ3月からの植え付けに備えて、先日畑けに肥料をまいたり、生ゴミコンポストの中身をまいて耕運機で耕し、とりあえずジャガイモを植えようと準備をした。
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 ところが耕し終わって1時間もしないうちに畑に鳥たちがやってきて何やらついばんでいる。背中が黒くて胸が白く尾が長い鳥はセキレイであるが、翼が栗色で背中は黒ずんだ灰色、胸は黒い斑点のある少し大きな鳥がいて名前が判らない。そこで野鳥ガイドブックを買ってきて調べたところ「つぐみ」の様である。次の日からは毎日やってくる。
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 見ていると朝9時前にはやってきて、畑の有る一定の場所に陣取って餌を探してついばんでいる。
 何故その場所か良く考えると生ごみコンポストの中身をばらまいたところで、コンポストの中には数多くのハエのさなぎがいたのでそれをついばんでいるのかもしれない。
 すぐそばの道を人が通っても素知らぬ顔で食べることに夢中になっている。1時間ほどすると、どこぞに消えるがまた1時間もしないうちに帰ってきて餌を探している。その繰り返しである。つぐみをよく観察してみると2羽が交替でやってきているようだ。
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 それを観ながら、野鳥は生きて行くのにこんなにも必死になって餌を探し、食べているのかと思うと頭が下がる。我々人間は朝・昼・晩食事をして後は仕事をしたり余暇を楽しんだりできるが、野鳥はとにかく食べることに必死である。動物園の動物や鳥とは違って野生の生き物は全部が生きるための闘いなのだとつくづく思うし、自分はどの程度生きることに必死だったのかと反省させられる。
 耕運機の轍がいつの間にやら鳥たちのえさ探しの為に消えてしまっていることにも驚いた。
 つぐみはいずれシベリアに帰るのであろうが今の内に精一杯食べて力を蓄えておいてもらいたいものである。

2016年02月09日

信用と信頼

このところ何やかやと忙しくしていて読書が疎かになっていた。毎月購読している歯科の雑誌、「歯界展望12月号を」を先日やっと読んだ。その中に「日本の歯科を考える」という座談会記事が掲載されていた。その記事中、石川県で開業されている船渡彰芳先生が発言されている言葉に目を覚まさせられた。 
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記事を転載すると『私は信用と信頼とは違うものだと考えており、信用は「信じて用を足す」という意味で、信頼は「信じて頼る」ものだと言えます。多くの歯科医院は信用歯科であり、患者さんは「そこでいいや」と用を足しに来院されるのですが、信頼歯科では「この先生でなければならない」と考えます。つまり、その患者さんにとっては唯一無二の存在になるわけです。しかし信頼歯科となるためには、研鑚してラーニングステージを上がっていく必要が有ります。・・・・・』とあった。
私自身今まで来院される患者様には感謝しつつも、その様に信用と信頼をあまり意識しないで30年間開業医としてやってきたが、この文を読んで腹にすとんと落ちるものが有った。私の医院に来ていただいている患者さんの多くは信用して来ていただいてはいるが、果たしてどのくらいの患者様が「さいだ歯科医院」や「私」を信頼して来院していただいているかと考えた時、はなはだ心もとない気がする。
先日医科の先生と話していたら「おい齊田先生 2・6・2、3・4・3を知っているか」と聞かれ何の数字か判らにと答えた所、「医科が2・6・2で初めの2は良く流行っている医院、6は普通の医院、2は少し経営が厳しい医院だ」と言う。また「3・4・3は歯科の数字だ」という。「歯科はかなり経営的に厳しいらしいな」と言われ、さも有りなんと思った。
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そんな中、株式会社船井総合研究所が送って来たパンフレットに驚愕の記事が有った。それにはこれからの少子高齢者社会における患者の受診予測のグラフが載っていた。厚生労働省による1984〜2008年までのデーターを基に2035年までの予測を見ると、外来に来院することが困難な層が増加すると同時に外来通院可能層が大きく減少するために20年後の2035年には外来患者は今よりも3割減少、さらに外来対象者のう蝕(虫歯)有病率が3割減るので20年後の補綴(かぶせや入れ歯を作る事)の件数は現在の約半分になると書いてあった。
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そういえばつい最近、広島県の子どもの虫歯割合が10年連続で全国平均よりも少ないという新聞記事が載っていた。確実に虫歯は無くなってきている。この様な状況下で「さいだ歯科医院」が地域の皆様に愛されながら存続していくためにはどうしても「信用歯科医院」から「信頼歯科医院」への脱皮が必要になる。まだその方法は見つからないが代替わりをした息子の新院長と共に常にそのことを考えながら仕事をしていかなくてはならない。

2016年01月24日

あわただしかった年末年始

少し遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。今回の年末年始はいつもと違って大変あわただしかった。というのも院長交替をしたため「さいだ歯科医院」の廃業・新規開設の為の官公庁に出す書類作成で私と息子は多くの時間を費やした。
「さいだ歯科医院」は法人ではなく個人立の診療所の為、名義書き換えだけでは済まなく、いったん廃業そして新規開設という手順を踏む必要が有った。
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まず管轄の保健所に出す書類、特に新規開設の書類には多くの添付書類が必要で、中には昭和61年に診療室を立てた時の建築基準法及び消防法に基づく検査済み証の写しなどがあり、それを探すのも大変であった。そして保健所に3部提出し受理してもらう。その1部を添付して広島の中四国厚生局に廃業・新規開設届け、さらに種々の添付文章を出す。不足の書類や、一部間違った所も有ったがその場で訂正したりして無時受理してもらう。さらに広島県庁で被爆者一般疾病医療機関辞退届と新規指定申請書を提出。また日を改めて尾道市役所に出向き、生活保護指定医療機関廃止届と新規指定申請書を提出してとりあえず診療所としての手続きは完了した。次は従業員の方々の引き継ぎの為の書類である。
廃業・新規開業という事で健康保険証、厚生年金、雇用保険の事業主変更手続き等多くの書類作成が有ったがほぼ昨日までに終了し今ホットしているところである。
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息子が新院長になった事で従業員の皆や、沖縄の長男、取引先、彼の友人達からお花が届けられ、待合室は今最も華やかである。
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そんなこんなで年末年始を過ごしたが、その中で2つほどエピソードを上げれば、12月30日朝8時に墓掃除に行ったが、朝の冷え込みが厳しく周りは霜が一杯であった。墓石に水を掛けるとすぐさまその水が氷になる程であった。その足で家内の家の墓所に行ったところコップの水が凍って盛り上がっていた。水は4℃の時体積が一番小さくなると中学時代に習ったが実際に氷になって体積が増加するのをこの目で確認したのは初めてで驚く。
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1月1日には初詣で持善院に初めて参拝した。ここのご住職が高校の後輩で昨年私達16回生が卒後50周年のホームカミングに当たり、お世話してくれた39回生の代表をされていた。打ち上げ会の時「お正月に切り絵を初詣の方にお配りする」とお聞きしていた。たまたまNHKのニュースで彼が切り絵を作成している所が放映された事も有り出かけた。干支の申をモチーフにしたもの等有ったが私は一般向けの宝船の切り絵をいただいた。見事な出来栄えに感心した。
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新しい「さいだ歯科医院」が動き始めて1週間で有るが何とか順調に滑り出しているようである。息子の経営手腕を口出ししないで横でじっと見ていようと思う。

2016年01月10日

院長交替

 昨日、実に30回目の「さいだ歯科医院」の年末大掃除をした。今回はひと際、感慨深い掃除であった。というのもこの12月31日を以て息子と院長を交替することにし、私が院長としての最後の大掃除であったからだ。
 思えば30年前にこの地に御縁をいただき39歳で開業し、地域の皆様、患者様に支えられて今日の日を無事に迎えることができ感慨ひとしおのものが有る。息子も来年2月には39歳となり、私が開業した年齢となることから、まさに時を感じ決断をした。
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 この30年間思い起こせば本当に色々の事が有り、大変だったことが次から次へと脳裏をかすめて行く。開業した頃は来院される患者様が少なく「患者様が来ないこないのコンコン病」に苦しんだり、従業員確保に四苦八苦した。その中でも4人しかいない女性従業員が1度に3人も退職されて途方に暮れた事など、ほんとに修羅場をくぐりぬけて来た感じが有る。
 おもえば開業から数年は医院経営に追われ他に目を移す事など到底考えられず、とにかくがむしゃらであった。大企業に勤務していた経験から従業員に対してもかなり厳しい注文をつけていたように思う。決して従業員から慕われるような存在ではなかった。
 そんな折、ある懇意にして頂いている歯科の先生より大阪でのセミナーを紹介され受講してみた。このセミナーをきっかけに全て私自身の至らなさから引き起こった事だと気が付く。今までは仕事はチームワークだ、従業員も私も同じ仲間だと思っていても経営者対従業員という構図が強く、お給料を払っている事だけで何にも従業員に応えていなかった。
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 それでは何をしたら良いのかと思った時に、待合室と従業員用のトイレ2ヵ所を毎日掃除しようと決めた。それも従業員が出勤する前、朝6時半から30分かけて二つのトイレを掃除して気持ち良く従業員を迎える事、そして毎朝出勤してきた従業員と「おはよう今日も元気で頑張ろう」と声がけをしながら握手をすることを実行して来た。
 その積み重ねの御蔭で今では従業員の皆様に支えられて経営・人間関係も順調に推移している。安心して息子にバトンタッチが出来る。
 今後は息子が立派な経営をし、地域の皆様に愛され、「さいだ歯科医院」が永く続く事を願うのみである。
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毎年、大掃除の後は従業員と一緒にケーキとコーヒーをいただきながら1年間を振り返るのだが、今回は従業員の皆様から「院長お疲れ様でした スタッフ一同」とメッセージの入った花束をいただき労をねぎらってもらった。本当に有難いことである。
 これからは時折人生を味わうゆとりを持ちながら日々診療に関わっていこうと思う。
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 また家族付き合いをしている T 様からも30年間御苦労様でしたとピンクのばら30本をいただいた。本当にうれしい限りである。

2015年12月30日

映画「杉原千畝」を観て

 先日映画「杉原千畝」を観に行った。彼の事はかれこれ20年くらい前に知った。杉原千畝氏の奥様の杉原幸子さんが書かれた本「六千人の命のビザ」を読んでからである。それまでは彼の名前、彼の功績すら知らなかった。
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 彼は第二次大戦前夜、昭和14年にリトアニアのカウナスに代理領事として赴任しそこで色々の諜報活動、今で言うインテリジェンス、もっと砕けて言えばスパイ活動をしながらソ連の動きを調べていた。日本は当時満州でソ連と対峙していた為、ヨーロッパにおけるソ連の動きを探る必要が有った。当時ドイツはヒットラー総統のもと東ヨーロッパの国々を占領して行った。ポーランドがドイツに併合されとユダヤ人が迫害・虐殺され難民となってリトアニアにやって来る。しかしここも間はなくソ連の手に落ちる。ユダヤ人たちには安住の地は無く国外脱出を計ろうとするが行くあてがない。西はドイツが押さえており、南はトルコが入国を拒否をしており、唯一シベリア鉄道で日本を経由してアメリカ等自由な国に逃げることしかなかった。
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 そのため杉原千畝のいる日本領事館に日本経由のビザ発給に押し掛けてくる。日本国政府にビザ発給の許可の伺いを立てるが答えは「NO」である。彼らの窮状を見るにつけ、外務省の方針に逆らって外交官生命を賭して発給する。1940年8月1日から領事館が閉鎖される8月28日までさらにホテルに移動して発行を続け、9月1日カウナス駅からベルリンに向けて汽車が走りだすまで窓から身を乗り出して許可書を書き続けた。その後終戦となりソ連の収容所で家族ともども収容されるが昭和22年4月に無事帰国。
 帰国後外務省は命令に背いたことを理由に彼を罷免する。覚悟はしていたものの千畝氏にとって不本意な事であったろうと思う。この後職を転々とし、ロシア語が堪能な事から貿易会社に就職、単身でモスクワ駐在員になる。映画ではモスクワで彼が助けたユダヤ人のニシュリ氏と再会、彼は千畝氏にその時発給してもらった擦り切れたビザを見せるシーンが有った。しかし本当はイスラエル大使館で彼と再会したと奥様の本には書いてあった。その後のことは映画では字幕で解説が有る程度だったが、イスラエル国は彼の功績をたたえ昭和60年に勲章を授与し顕彰碑まで立てる。
 昭和61年7月に永眠する、その後海外からの圧力もあり、平成4年3月13日の衆議院予算委員会で質問が出され宮沢総理が発言し彼の名誉が回復される。外務省を罷免されてから実に44年振りである。
 それにしてもこの映画を観ながら現在の日本を見た時考えさせられるものが多々有る。杉原千畝氏の様に首を掛けてまで信念を貫く公務員や議員さんがどれほどいらっしゃるのか、パフォーマンスだけの政治家、事なかれ主義を貫く官僚。
 先日の新聞報道によれば3カ月で日本年金機構が運用に失敗し7兆九千億円もの損失を出し年金積立金を失ったという報道が有ったが、誰一人として責任を取る人がいない。
またこの混迷する現代にあって国際情勢は混とんとしているが、残念ながらわが国には、国際インテリジェンス収集をするための組織がほとんどない。当時の情報なき国家がだどった運命について、いま一度、思いを致してみるべきだろう。
 このままではいずれこの国はどこぞの国に飲み込まれてしまい無くなってしまうのではないだろうか?
 さらに世界では難民問題がクローズアップされているが、杉原千畝氏がビザを発給したのはあくまで日本を通過するためのもの、今後隣国等で政権崩壊が起これば何百万人単位での難民が押し寄せてくる。それを受け入れることの是非については、ただ感情論だけで片付けられるものでは無いことを今からしっかりと押さえておく必要がある。
 また前回ブログに書いたトルコの軍艦エルトゥールル号の話、今回の杉原千畝氏の話など日本人として誇れる話は多数ある。もっと学校で積極的に教えるべきではないだろうか、それこそ自分が日本人として生まれてきて良かったと誇りを持てるのではないだろうか?

2015年12月13日

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