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大先生(元院長)のブログ

今年のシルバーウィーク

 6年振りのシルバーウィーク、世間は5日間の連休だそうだが、「さいだ歯科医院」は
20日から23日までの4日間で有った。6年前は桂林に旅行したのだが今年は地元で過ごそうと、その連休も今日で終わり、あっと言う間の4日間で有った。休み前は「秋でも探しに行こうか」等あれこれしようと思いめぐらしたのだが、終わってみれば極普通の日常で有った。
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 初日の20日は家内と一緒に畑仕事をして夏のトマトやオクラを引き抜いたり、畝を作り、キャベツ、白菜の苗を植える。収穫までは大分掛かりそうだ。
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 2日目、21日は朝から墓参り、本来なら御彼岸の23日に行くのだが、たまたま21日は父親の月命日でもあり今回は21日に早めに済ます。家内の方の墓参も済ます。午後は歯科衛生士の求人票を作成。歯科衛生士を確保する事は本当に至難の業で、歯科衛生士の求人倍率は12倍以上である。来春福山衛生士学校を卒業する新卒向けに求人票を作成、いかに「さいだ歯科医院」が魅力的かアピールをする資料作成をしたりして一日が終わった。
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 3日目、22日は急に思い立ち、広島県立美術館に幕末の江戸で活躍した浮世絵師「歌川国芳」展を観に行く。彼の作品のいくつかは昔から本等で見知っていた。例えば「みかけハこハゐがとんだいぃ人だ」では人の顔や手が人物を使って描かれており大変ユニークである。今回200点余りの本物が展示されており彼の奇想天外さがとても面白かった。皮肉たっぷりの戯画、判じ絵、だまし絵など面白く飽きること無く鑑賞出来た。特に錦絵の説明文の漢字にルビが振ってあり、その彫師の腕前にも感心した。また入館者も多く外国の人達も見に来ておりその人気さにも驚く。必死で観たせいか疲れて、2階の常設展も観ないで、すぐさまバスセンターからバスにて帰宅。家を出てから帰宅するまで5時間半。
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 そして今日最終日、突然の訃報が入って来た。尾道歯科医師会の会員のN先生が亡くなられたとか。N先生は私と同じ昭和22年生まれで2カ月若い、5月から入院加療されていたが薬石効なく旅立たれた。ここ2年以内に尾歯会では3人の先生がお亡くなりになられた。いずれも68〜69歳である。中々70の坂が越えられない。昔から70歳は「古希」であり、「古来稀な年齢」ということが示すように70歳とは大きな壁なのかもしれない。 私は何とか超えて行きたいと思う。18時からの通夜に出席して今年のシルバーウイークも終了する。

2015年09月23日

右下肺野、肺腫瘍、疑い

 毎年20年以上三原医師会病院で人間ドックの検診をしてきた。ここ3年間はPET検診もしてきている。今年は6月にPET−CT検査を受けたがその時の報告書では「今回のPET−CTでは、悪性を示唆する所見を認めませんでした。肺に気種性変化と間質性変化を認めます。呼吸器内科受診をお勧めします。」とあった。
 しかし受診をしないでそのままにしていたところ、8月に受けた人間ドックの所見欄に「右下肺野、肺腫瘍、疑い」精密検査をお勧めしますという結果報告書が送られてきた。ビックリである。人間ドックの時は肺のレントゲン1枚を撮影してもらっただけで有ったのだがその様な所見が有り、急いで精密検査の予約をし、急遽本日受診した。
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 その結果、人間ドックのレントゲン画像診断時、PET検査済みを知らなかったのでその様な判断をしたとのこと。PETの方が詳しい所見が判るので肺腫瘍については今の所心配ないとのこと。そして再度PETの画像を見ながら、肺気腫の疑いは有るので、肺活量の検査をした方が良いと言われ検査をした。
 昔高校生の頃、チューブを加えて吐き出すと水の中のドラムがくるっとまわってその出てきた量で肺活量を計った事しか思い出せなく、その様なものだと思っていた。
 ところがどっこい、今時の最新の測定機器を観てびっくり。コンピュターに年齢・身長・体重を入力した後、パイプをくわえて一気に息を吐き出したりして測定した。その結果、私の年齢・身長・体重から予測される総肺活量は予測値の117%とかなり良いのだが、1秒あたりの肺活量は97.7%であり肺年齢は71歳と実年齢より3歳ほど歳をとっており、肺気腫が少し有る結果となった。
 医師からは「今後出来るだけ風邪を引かない様に」とアドバイスを貰って今回は無罪放免となった。
一時はもし肺癌だったらどうしようかと、秘かに悩んでいたのだが本当に良かった。またPETは定期的に受ける方が良いと言われ、来年また受診をするつもりである。
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 ところで8月前半から最初右手が朝起きた時むくんでおり、その後、右足がむくんできた。気になっていたので、人間ドックの血液データーなど一式持って今日近くのT内科に行き診てもらった。データー的には問題ないが、浮腫の起こる原因として心臓の動き等も関係するので心臓の状態を超音波で診てもらったが、心臓の動き、弁の状態いずれも問題なかった。それで甲状腺の機能低下が起きてもむくむことが有るので、血液検査をしてみようとなった。結果は1週間くらい先に出るとか。それでも原因が判らない時は専門医を紹介しますということであった。
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 それにしても68歳と5カ月も年をとるとそろそろ色々の問題が出てくる様である。気持ちだけはいつまでも20代・30代なのだが。年相応に気を付けながら仕事や生活をして行かなくてはならないなと強く思った。

2015年09月11日

広島市東千田町・浦島太郎状態

 先日、日本赤十字社 中四国ブロック血液センターで会議と講演会があり出かけた。
広島駅から紙屋町経由宇品行きの電車に何十年振りかに乗って行った。日赤病院前で降りたが、かって私が50年前の昭和40年4月に広島大学に入学しこの電停に降り立った時の電停の名前は「広島大学前」だったと思う。
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 正門の有った所から眺めた風景は様変わりである。大学1年生の時に撮った写真を見ると正門の柱に比べフェニックスはさほど大きくないし、その奥にメタセコイアや旧文理大の被爆建物で当時の理学部本館が良く見えている。今回その場に立ってみるとフェニックスやメタセコイアはあまりにも大きくなりすぎて奥の理学部の建物がほとんど見えない。
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 卒業以来40数年ぶりに中に入ってみたが正門は東千田公園の看板が掲げられており、残っていた当時の建物は理学部の被爆建物だけ、教養部の有った所にはマンションが建ち後は公園になってセミの声が昔と変わらずうるさく鳴いていた。まさに「つわものどもの夢のあと」で有る。また運動場だった所に広島大学・放送大学と書かれた新しい建物が出来ていた。歯学部や医学部の教養課程を東広島キャンパスからこちらに戻すような話を聞いた事が有る。そのために整備されているのかも知れない。大学の周りには喫茶店や本屋等が多く有ったが今は1軒も無い。正門脇にトロフィーや楯等を製造販売していた「カキタ」と言うお店がかろうじて残っていた。
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 大学のむかいには被暴く建物の日赤広島病院が有ったのだが、今は取り壊され現代的な病院になっていた。私はまさに浦島太郎状態で驚くばかりである。
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 それから会場の血液センターまで歩いて行く。血液センターはかって広大教養部の「青雲寮」跡地に建てられていた。そこにも日赤の被爆建物の一部が保存されていた。
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 会議の後、「社会保障制度と医療保険制度改革について」と題して厚生労働省 大臣官房審議官(医療保険担当)の武田俊彦氏の講演を聞いた。現在少子高齢化が進行し、また財政不足の中2025年問題(団塊の世代が全員後期高齢者になる)を抱え厚労省がどのように施策をしようとしているかの話しであった。
 その中で一つ面白い話が有った。私は第1次ベビーブームの人間であり、私の子供は第2次ベビーブームの時生まれた、第3次ベビーブームは平成12年ころに起こるはずであったが起こらなかった。この原因の分析として平成12年は介護保険が導入された年で、今でこそ「少子高齢化」は一つの言葉として扱われるが当時は全員の頭が高齢化対策にだけに向いており、少子化の事は全く頭になく、何も対策をしなかったとのこと、今となっては後の祭りである。それにしてもこれからはかなり痛みの伴う改革がなされると覚悟を決めなくてはならないと感じた。

2015年08月29日

今年のお盆休み

 今年は8月14日から16日までの3日間がお盆休みで有った。お盆休みにはよく海外旅行に出かけたりしていた。昨年は沖縄の孫娘が来て賑やかしをしてくれたが、今年は誰も来ないで、家内と二人の静かな盆休みであった。
 14日朝、涼しい内にと思い、私達としては早いと思える午前7時ごろ家を出て私の方と家内の方の両方の墓参りに出かける。
途中の畔道で稲の葉に降りた露が朝日に浴びてとてもきれいであった。
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 その後昼から映画鑑賞で「日本のいちばん長い日」を観て、夜は院長室に籠り読書をする。このところ忙しさにかまけて何冊も本が机の上に積んどく状態であり、ぜひこの休みに少し山を崩したいと思っていた。こうして1日目が静かに終わる。
 2日目、家内が家庭菜園の草取りをするという事で、私も駆り出され、先日購入した耕運機を出して畑を耕す。扱い方に慣れていないため耕運機を始動させるのも大変。ガソリンを買いに行く所から始めた。家内もいずれ耕運機を使用しなくてはならなくなると思い扱い方を教える。
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 秋になって作物を植えるために、今のうちに畑を耕し肥料を入れて土づくりとしゃれこんだが、狭い畑ではしょっちゅう耕運機を旋回させるために足腰が痛む。それでも家内はこの場所には何を植えようか、大根、タマネギ、ネギなど色々算段しているようだ。
 今年は春からこの夏の間にタマネギ、ゴボウ、ジャガイモ、きゅうり、ナス、トマト、カボチャ、オクラなど結構収穫できた。キュウリやトマトなどは2人では食べきれないほどいっぺんに出来る事も有りスタッフにおすそ分けをしたりした。
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 午後、家内は疲れて昼寝をしたらしいが、私は本を読まなくてはと思い、院長室に籠る。その後院長室の書棚等に、歯科医師会関係の書類が山積みでこれも処分をしなくてはと思い片付け開始。そんなこんなで23時ころまで院長室で過ごす。
 3日目、最後の日も朝から読書、結局3日間で歯科関係の月刊誌を3冊読んだ。合計18時間ほどの時間を費やした。本当に静かなお盆休みで、老年夫婦のお盆休みとはこんなものかなと思った。御蔭でほとんどお金を出費をすることは無かったが、家内いわく「あなたは自分のペースを崩さないで、結局いつもと同じだったね、全然休みらしくなかった」と不満を漏らしていた。自分としては畑仕事も手伝ったし、十分尽くして楽しかったと思ったのだが・・・・。

2015年08月17日

映画「日本のいちばん長い日」を観て

 8月14日に映画を観た。この映画はまさに70年前の8月14日の戦争終結を決断するまでの話がメインで有る。はるか70年前を思いやりながら画面を凝視している自分が有った。    一般国民はただ単に天皇陛下が終戦の詔勅を読まれた程度にしか当時は感じていなかったのかもしれないが、映画ではその過程に至る事実が克明に1分刻みで構成されている。
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 パンフレットから一部引用させてもらうと
「戦争終結の為に、彼らが下した日本史上最大の結論とは・・・・
今日も世界のどこかで、戦いが続いている。もはや日本の平和もいつまで続くのか,誰にもわからない。おりしも戦後70年の節目となる今年、日本が終戦に至るまでの波乱に満ちた道のりと、終戦前夜に起きた大事件の“知られざる真実”を解き明かす物語が完成した。太平洋戦争末期、戦況が絶望的となった1945年4月、鈴木貫太郎内閣が発足し、そして7月、日本は連合国から、ポッダム宣言(日本に対し無条件降伏を求める共同宣言)の受託が迫られる。降伏か、本土決戦か・・・連日連夜、閣議が開かれるが、議論は紛糾。
降伏勧告を黙殺すると発言した日本に、アメリカは原爆を投下、広島と長崎で何十万もの命が散る。
8月14日に御前会議が開かれ、天皇陛下の聖断のもと、ついに閣僚たちは降伏を決定。だが、終戦に反対する若手将校たちはクーデターを計画、皇居やラジオ局への占拠へと動き始める。その時から、終戦を知らせる天皇陛下の玉音放送が国民に届く8月15日の正午まで・・・この“日本のいちばん長い日”に、一分一秒ごとに変わっていった日本の運命とは・・・?」
 ところで映画の中で天皇陛下が読まれる終戦の詔勅の文言を決める閣議の場面中、日本の碩学・安岡正篤先生が詔勅に朱筆を入れたくだりが少し出てくる。安岡先生は歴代内閣の指南役と知られ、東洋宰相学・人物学・陽明学等の権威として知られている。
 20年ほど前から先生の御本を読んだりしているが、作家・神渡良平の「安岡正篤の世界」と言う本に詔勅が変更されたくだりが有る。引用させていただくと
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 詔勅案第三稿を安岡先生が校閲した際、「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の前にある「時運の趨く所」を「儀命の存する所」に訂正されたが、これが「時運の趨く所」に書き換えられた。そこで閣議直前の校閲で、安岡先生は何故“義命の存する所”で無ければならないのか、迫水内閣書記官長に理由を示し再度元に戻したが、残念ながら安岡先生の意見は通らなかった。
 安岡先生には“義命の存する所”でなければならない理由が有った。「『春秋左氏伝』成公八年の条に『信を以て義を行い、義を以て命を為す』とある。義命とは大義名分よりもはるかに重いもので、道徳の至上命令に当たるものです。自分の心に深く内省してみると、もはや戦争はやめたほうがいいという答えが返ってくるからやめるのです。それを“時運”にすると、戦い、われに利あらず、だから、ときの成り行きのままやめるということになってしまい、まったくのご都合主義になってしまう。この姿勢はもってのほかといわなければならない」
 閣議で“義命の存する所”が“時運の趨く所”に決定した事を聞いた安岡先生は「国家の事は成り行き任せではない」と怒ったが、後の祭り、8月15日正午を迎えたとある。
 それにしてもこの様な先輩たちがいて、ほとんど混乱もなく見事に終戦を迎えることが出来、その上に今日の平和と繁栄が有るのだと終戦記念日にあたり感謝に堪えない。
 後年迫水書記官長は衆議院議員・参議院議員となり池田内閣の経済企画庁長官として所得倍増計画を推進し、また郵政大臣等を歴任したが、彼が政治家になる時、安岡先生は「現代の政治には理想がないと言える。民主政治の名の下に行政も議会も成り行き任せになりがちです。それもこれも終戦の詔勅の中の“義命”を“時運”に変えてしまった所に責任が有る。あなたも政治家として、時運派ではなく、義命派になって下さい」と話された。
 まさに現在の国会議員達を見ていると、安岡先生の気持ちが伝わってくる感じがする。

2015年08月15日

岩子島・厳島神社管弦祭

 8月2日に尾道市向島町岩子島の厳島神社管弦祭を観に行った。これは家内の同級生で家庭菜園のお師匠さんである、岩子島の専業農家のお友達Y子さんからのお誘いで有る。
あの有名な「安芸の宮島」の管弦祭は前日の8月1日に行われ、TV ニュースや、新聞記事に載っていた。昔から宮島の管弦祭の事は良く聞いていたが、観に行った事は一度も無い。岩子島の管弦祭の事も、地方ニュースで以前とり上げられていたので、存在は知っていたがこの目で直に観たのは初めてである。
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 19時頃厳島神社に行ったが、TVで観る宮島の観客には遥かに及ばないがそれでも地元の人や、おみこしを担ぐ地元小学校の子供達、一部観光客らしき人も来ており、結構にぎわっていた。神社の前の海は西方に開けているためにまだ明るく情緒あふれている。
 そういえばここは昔、海水浴場で小学6年生の時、学校から臨海学校に来て鳥居の前で記念写真を撮った事を思い出した。また最近では「男たちの大和」のロケ地でもある。
地元の婦人会の奥様方が屋台を出し、ビールやラムネなどの飲み物、かき氷、鳥の空揚げ、いか焼きなどを売っていた。Y子さんの話によれば昔はもっと見物人が多く、よそからテキヤの兄さん達が来て屋台も賑やかだったとか。
待っている間、おもわぬ事で社殿に上がってお祓いをしてもらい家内安全を祈願した。
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 夕闇が迫る頃、松明を付けて先導する小型の船(Y子さんの御主人が船を出し操縦している)、提灯を飾った2艘の船その後ろに御神体を載せた御座船が、神社前の入り江にやってきて入り江を3周する。御座船からは笛と太鼓の優美な音楽が聞こえてくる。何とも厳かな素晴らしい感覚になる。
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 その後、御座船は鳥居前に着く。神主が御座船に御神体をお迎えに行き、その後御神体を奉じて社殿に戻っていく。その後を、子供たちが大人達に助けられながら神輿を引っ張っていく。もっとも神輿と言っても、普通の神社で観るお神輿では無く1本の棒の先に飾りがついていて足元には石の車が2個付いたものをひもで引きながら移動していくものであった。その後を御座船に乗っていた太鼓や笛の楽士たちが船から降りて演奏しながら付いていく。今でこそ、この楽士の方達は法被姿だが昔は神主さんの様な服装では無かったのではと想像した。
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 それにしても貴重な体験をしたし、これがもう少し大々的に知れ渡ると村おこしにもなるのでは、観光都市を目指す尾道市としては良い素材が有るのに残念だ。
 そいえば厳島神社は日本全国いたるところにあるのではないだろか?昔30数年前に北海道白糠郡白糠町に住んでいた時、そこにも厳島神社が有り、除夜の鐘と共にマイナス10数度の中、根室本線の踏切を渡り初詣に行った記憶が有る。その時、「こんな所にも厳島神社が」と不思議に思った記憶がこの管弦祭見物で急に思い出した。

2015年08月04日

御苦労さん会

 先日、私が歯科医師会会長職を退任した事で義妹が御苦労さん会兼ねて家内ともども食事会に誘ってくれた。お互い中々時間が取れずこの時期になった。4年間御苦労さんと言われて乾杯をしたのだが、家内が横やりを入れ「本当にご苦労さんと言ってもらいたいのは私だ」と言う。「会議に遅れないように毎回車で送ったり、会合の後、街で飲んでいた私を夜遅く何度車で迎えに行ったことか。そのために寝ずに待っていたりした。」と言われ、本当にそうだなと思い、改めて家内に御苦労さんと言って乾杯をし直す。
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 食事会は三原の「ひょこめ」と言うお食事処でスーパーのイオンの少し北側にある。
ここは以前、一度だけ利用した事のある店。名前の由来は「ひょっとこ」と「おかめ」の子供を「ひょこめ」と言うらしい。それでお店には「ひょっとこ」と「おかめ」のお面が飾ってあった。
料理の方はおまかせコースを頼んだと義妹が言う。味も中々美味しく、また料理の出てくるタイミングが絶妙である。他にも4組くらいのお客さんがいたのだが、上手に時間配分をされていると感心した。
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 また料理を盛る器の中には、おかみさんが焼いた手作りの備前焼等もある。中々風情が有ってより料理を引きたてている。また店内ではおかみさんが焼いた備前焼の湯飲みなども展示販売されていた。
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 魚料理がメインだが、お刺身なども活きが良く、サザエのみそ焼き、新蓮根とスルメイカのサラダとか、南京饅頭、米なす田楽、ノドグロの塩焼き、タコ天、さらにご飯はウナギ飯であり家庭料理のオンパレード、凄く気楽に食べれた。最後に開業20周年と言う事で紅茶アイスクリームが出て来た。
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 御蔭で生ビール2杯と日本酒1.5合くらい飲んですっかり良い気分になれた。
 話は日常の他愛もない話や息子や孫達の話であっと言う間に時間が立ってしまった。
良い時間をいただいた義妹に感謝であると同時にいつも気を使って私を助けてくれる我が家内に感謝である。

2015年08月03日

10ヶ月ぶりの札幌

 11・12日に大学の父兄後援会全国支部長会議が有り札幌に出かける。毎年開かれる会議だが20年以上ほぼ毎年出席している。例年ANA で出かけていたが、今年は予約が取れなくてJALで出かける。宿泊は会議が開かれる「京王プラザホテル札幌」にした。札幌駅から徒歩7〜8分くらいで便利が良い。15時頃チェックインして17時半からの会議に備える。窓から下を観ているとたまたま結婚式が行われていた。気温は少し高めだが湿度が無くさわやかな日であった。
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 会議では、大学としても受験者数の確保、入学者の確保は喫緊の問題であり、その事についても話し合うが、少子化の流れの中でこれはと言う手は中々無いのが現状である。
 大学の教育レベルや国家試験の合格率を上げる以外に手はなさそうである。会議には私を含めて歯学部の1期生4人出ていた。前同窓会長のK君、現同窓会長のM君、それに旭川で開業しているA君である。会議後,懇親会があり、その後K君、M君と連れだってすすき野に出かけ、「鮨処 ひのき」やさんで軽く一杯やって帰る。会議や懇親会ではあまり突っ込んだ話が出来ないが、ここでは6年間苦楽を共にした同級生同士、色々の話に花が咲き、また他の同級生の近況など聞けて良かった。
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 次の日は例年なら道庁の赤れんがの建物を観に行ったり、大通り公園を散策したりするのだが、今年は異常に暑くてとても外を歩く気にはなれず、さりとて15:25の出発までどうすべきか悩んだ末に、涼しくて時間が潰せる所として、札幌駅にある映画館で映画を観る事にする。尾道に帰って観たTVニュースでは札幌33℃で、道内の清水町ではお年寄りが熱中症で亡くなられたと報じていた。
 タイミング良く時間がつぶせる映画として10時から12:35まで上映される「アベンジャーズ / エイジ・オブ・ウルトロン」を観た。客席はほぼ満席状態で、前から2列目の席だったので見上げながら観た。首が疲れた。この映画のシリーズは最初が「アイアンマン」でその時観て以来鑑賞したことが無かったので、今回の映画の様に進化しているとさっぱり内容が理解出来ない。それでもエンタテイメントだと割り切り鑑賞した。60歳以上は割引きが有り、1100円で2.5時間潰せた。
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 その後札幌駅から新千歳空港に移動。従業員様にお土産を買う。そのお店も他のお店も、TAXフリーの案内掲示が英語・中国語・韓国語で表記されている。さいきんTVや新聞等で中国人の爆買が報道されているが、そういえば宿泊したホテルにも多くの中国人がいた。しかも結構若い学生風の人達が多かった。空港ロビーでも大きな荷物を持った中国人とおぼしき人たちが多数大声で話しながら歩いていた。
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 昼飯は3階の食堂街はお客が多く並んだりしなくてはならないので、初めて空弁なるものに挑戦。3色丼(蟹・イクラ・うに)¥2360だったが、結構高く食堂で食べる方が安いのではないかと思った、しかも食材が食材なので塩からく塩分の取り過ぎの様な気がした。
 飛行機は新千歳を定刻に離陸、17:25無時広島空港に着陸。何か札幌まで飛行機に乗って映画を観に行った感じでくたびれた。

2015年07月14日

「保険診療と審査を考えるフォーラム」に参加して

 先日社会保険診療報酬支払基金が国民向けにフォーラムを開催した。歯科医師として仕事をするうえで、支払基金とは何かを、良く理解しようと参加してみた。平和祈念公園内の広島国際会議場で開催された。テーマは「国民皆保険と支払基金の審査」である。
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 日本人は病気になれば、保険証一つを持って病院や診療所に行けば誰でも診察が受けられる。まさに空気のような感覚である。
 支払基金の河内山理事長の言葉を借りれば、『日本が世界に誇れる国民皆保険制度が実施され50年以上が経過し、これにより「誰でも」「いつでも」「どこでも」必要な医療サービスが受けられるようになり今では社会の安定的な維持に欠かす事の出来ない仕組みとなっている』と述べている。まさにその通りである。
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 ところで国民皆保険制度の仕組みは一般国民にはあまり理解されていないようだが、実は日本の医療は契約医療である。一般国民は保険料を健保組合や市町村国保等の各保険者に支払っている。一方厚労省がそれぞれの疾患に対しこの様な方法で治療して下さいと言う手引き「療養担当規則」を作り保険者と診療側に提示し、保険者がその治療方法でOKです。一方診療側もその方法で治療しますとOKを出す事で契約が成立している。この為国民と診療者は直接に契約をしていないが厚労省を仲立ちに契約した事になり、「療養担当規則」の診療手順ルールにのっとって我々は診療していく。そして診療が終われば患者様は1〜3割の自己負担を窓口で払えば良いのである。
 各保険者は医療機関が「療養担当規則」にのっとって診療しているかどうかを判断をしてもらうように支払基金や国保連合会に審査をお願いをし契約をしている。
 我々診療側は毎月、月末にそれを〆て残りの9〜7割に相当する医療費を社会保険支払基金または国保連合会にレセプトとして請求をする。
 そうすると支払基金ではそのレセプト(請求書)が正しいのかどうかを厚労省が示した「療養担当規則」と照らし合わせて医師・歯科医師・薬剤師等の同業のプロフェッションによるピア・レビュー(同僚審査)で審査を行い、間違いなければ各保険者に知らせる。そうすると保険者が支払基金にお金を振り込み、そこから我々の所に2カ月後にお金が振り込まれる仕組みである。これをもし我々が直接各保険者に請求していたら支払われるまでに何カ月も掛かり、資金繰りに苦労する様になる。毎月診療後2カ月後に確実に残りの診療費が振り込まれる事は本当に有難いことである。この度のフォーラムに参加して改めて社会保険診療報酬支払基金の存在意義に気が付いた。
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 またこの様なフォーラムは全国各地で行われて来たが、今回は5回目であり、初めて歯科医が基調講演やパネリストとして出席した画期的なものであった。パネルディスカッションでは診療側・保険者側・学識経験者の三者の代表から色々の問題提起などがあり有意義なディスカッションであった。
 各国の医療制度の話や、一件一件血の通った審査する事の難しさ等の話があり、それらを聞きながら日本と言う国は本当に素晴らしい医療保険制度を構築したものだとおもった。願わくはこの医療保険制度が永続する事を切に希望する。

2015年07月09日

会長職退任

 去る6月19日の一般社団法人尾道市歯科医師会第3回通常総会終了をもって4年3カ月間の歯科医師会・会長職をつつがなく退任した。丁度この日は雨模様で有ったが、恐らく私のうれし涙を天が察してくれたのではないだろうか?
 やっと肩の荷が下りて、今はほっとしている。まだ残務整理はいくつか残っているが、責任が無いので気が楽である。そして思え返せばいつも会の事が頭から離れず、色々の会議の資料を作成したり、まとめたりで、自分の時間の大半を費やしていた気がする。さらに会長として57人の会員の名誉と生活を守るべく気を砕いたが、御蔭で任期中大きな事故・事件も無くやり遂げられた。
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 退任のあいさつで、尾道市歯科医師会を和服の反物に例え、「95年続く歴史が縦糸であり、その折々に在籍した会員が横糸。そしてその時の執行部が機織りの織り手である。先輩たちは95年も続く縦糸を切断することなく連綿と織って来たが、良い反物に仕上げるには織り手の執行部も大事だが、横糸である会員の協力なくしては立派な織物が出来ない。最近は横糸である会員の例会などへの出席率が昔に比べ悪くなっており、中々団結力が発揮できない場面が有る。これを纏めてすばらしい横糸にする事は至難の技になりつつある。いい反物に仕上げるためには会員の一層の協力や団結が必要だ。私達執行部は95年のうち高々4年3カ月分の布を織らさせていただいたが、その出来栄えはどうだったか自分では判らない。会員の先生方の御判断にお任せするが、今後とも尾道市歯科医師会を何卒よろしくお願いしますと」締めくくった。

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 退任する朝、ミーテイング時に従業員から4年間ご苦労様でしたとお花をいただいた。また後輩の広島市美鈴が丘で開業している山田先生からもお花をいただいた。予期せぬ事で胸が一杯になる。
 今後は後輩の先生方を暖かく見守りながら尾道歯科医師会が100年、200年と続いて行く事を願ってやまない。
 本当に良い経験をさせていただいた。有難いことである。

2015年06月22日

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