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大先生(元院長)のブログ

映画「風に立つライオン」を観て

 昨日、15日に映画「風に立つライオン」を観に行く。封切り2日目であった。
私にとっては昨年9月15日以来半年ぶりの映画であった。この半年間、本当になにやかやとあって映画に行く時間も無ければ行こうというや気分にもなれなかったが、少し余裕が出来たのと、さだまさしの映画と言う事で思いきって出かけた。そういえば昔、さだまさし作の「眉山」という映画も観に行った記憶が有る。
 私も家内もさだまさしの歌が好きである。私は今までにたった1回しか彼のコンサートには行った事が無い。積極的ファンでは無いのかもしれない。
 ところでもう20年以上前になるが家内がさだまさしのCDを買ってきたその中に「風に立つライオン」という結構長い曲が有った。何故かその曲の歌詞を聞いていると見たことも無いアフリカの雄大なる風景がいききと目に迫りくる感じがしていた。
またその曲のメロディーと歌詞があいまって何故か情感が心に迫ってくる感じがしていた。
この曲を創るにあたり歌詞は青年海外協力隊としてケニアで3年間活動した実在の外科医・柴田紘一郎さんから聞いた話しを元に、日本に残した恋人から届いた手紙への返信という形で書き上げたとのこと。
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 「風に立つライオン」の公式サイトによると曲は1987年作で、今回の映画の主役である大沢たかおに懇願され、2013年にさだまさしが書きおろした小説が映画化されたとのこと。
小説の方が後から出来たので曲の歌詞にはない話が挿入されていた。かって日本人医師島田航一郎に助けられたケニアのおばさんが東日本大震災の話を聞き、日本では食べるものも無く困っているだろう。種をまいて収穫すれば助かるだろうからとわざわざ数十粒のトウモロコシの種を日本に届けてくれる様に、アフリカの診療所に持ってくる話が挿入されていた。またそのトウモロコシの種を日本に届けたのは航一郎によって深い心の闇から助けられ、ついに医師になった元ケニアの少年兵士であった。
義援金としてお金をいただくのも有難いが、作り話ではあろうが、たった数十粒のトウモロコシの種を日本に届けようとするおばあさんの心根に感動した。
 映画を観ながら何時、「風に立つライオン」の曲が流れるのかと観ていたら最後の場面で流れた。映画のストーリーが終わった後だったので、より歌詞の意味が胸に迫った。
エンタテイメントが多い映画の中で久々に感動する映画であり、私は医者ではなく単なる町の歯医者ではあるが同じ医療人として深く考えさせられた。
 是非鑑賞される事をお勧めします。


2015年03月17日

誕生日プレゼント

 先日、息子の二男夫婦が誕生祝いに食事に誘ってくれた。3月は私達夫婦の誕生月である。
以前は御祝いの品をプレゼントされていたが、何年か前からは食事会に変わった。
 今年は尾道の「由良や」で河豚を食べさせてくれた。コース料理である。先付けの「煮凝り」が出てきてその後見事に盛り付けられたふぐ刺しが出てくる。
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 どういうものか4歳の孫娘はふぐ刺しが大好きで大人顔負けに食べ続け驚いた。
 ここ「由良や」さんでは「なま肝」を頼めば出してくれる。通常はふぐ刺しの皿に茹でた肝が少し添えてあるが、この度、前もって頼んでいたせいか「なま肝」が出されていた。
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 この「なま肝」の美味しさに勝るものはない。ふぐの肝と言えばすぐふぐ毒(テトロドトキシン)による中毒を想像し、最悪呼吸麻痺を起して死亡すると言われている。特に肝臓、卵巣等に毒が多く含まれ、ふぐ料理の免許を取った調理師さんしかさばけない。
 肝を食用にする場合は注意が必要で、天然フグの場合は多量の毒を持っているために、何度も水洗いをして完全に、血を抜かなければならない。その生肝の美味しさに魅せられて危険を冒して食べる人が多く、全国では何件かの中毒が毎年発生しマスコミをにぎわしている。
 ところが養殖フグの場合は養殖の仕方によって体内で毒が全く生産され無いのだそうだ。お店の人に直接聞いて見なかったが、恐らく「由良や」さんのふぐはこの手のものでは無かろうか?
あまりにも美味しいのでもう一皿お代りを頼んだ。
 お酒も最初の一杯はビールだったが、その後はひれ酒を注文する。蓋をとりマッチで火を付けアルコール分を飛ばす事で一層の風味が出て美味しく飲んだ。
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 最初「ハッピーバースデー」を歌うのを恥ずかしがっていた孫娘もお腹が膨らんだのか途中で歌ってくれる。私用と、家内用に2曲も歌ってくれた
 その後料理はふぐちり料理となり、さらにその鍋のだし汁でおじやをつくってもらった。
この味も絶品で、お腹一杯になり幸せいっぱいになった。招待してくれた息子達に感謝である。

2015年03月15日

大先輩『I』先生を偲ぶ

 先日、尾道歯科医師会の『I』先生が享年70歳でお亡くなりになられた。『I』先生は私より1歳上の先輩だが歯科医師歴としては14年もの大先輩である。私が入会した頃は会の専務理事としてご活躍をされていた。
 そして『I』先生が尾道市歯科医師会の会長になられた時、何故か理事者経験もない私をいきなり副会長に大抜擢をして頂いた。この人事に関しては会の中でもかなりの波風が立ったようである。それでも私をかばいながら、歯科医師会の有り様、副会長の役目等、本当に懇切丁寧に親身になって教えていただいた。
 特に会合の後の2次会が終わると、行きつけのスタンドバーに私を連れて行き、ビール片手に夜中の1時、2時までお教しえいただいた。
とりわけ先生はビールがお好きで飲んだビールの瓶をカウンターの上に並べて、上機嫌で、実うまそうに飲んでいらっしゃる姿が今もありありと浮かんでくる。
 私が今日、何とか歯科医師会の会長を務められるのはこの時の 『I』先生の教えがあったればこそである。いくら感謝してもしきれない、有難いことである。
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 先生の下で副会長をさせてもらったご縁が、この度私が尾道市歯科医師会を代表して弔辞を読むめぐりあわせになったのかも知れない。弔辞を読んでいる時、先生から色々教えていただいた事が頭をよぎり胸が詰まり涙が出かけて少しの間弔辞が読めなくて中断した。
 先生はがんを患い、手術後、抗がん剤投与で入退院を繰り返され1年8カ月間闘病生活をされたが、薬石効なく長逝された。
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 手術後、御見舞いに行った折、毎年人間ドックにも行っていたし、PET―CT検査もしていたのだが、がんの発病が難しい場所だったので発見が遅れたらしいと仰っていた。
 世間では歯科医の寿命は短いと言われている。私が会長になって4年間で4人の先生がお亡くなりになられたが、いずれも平均寿命以下で70才もつれである。我々歯科医の仕事は狭い口の中で1分間に50万回転をする切削器具で歯を削ったりする。そのため舌や頬を傷つけない様に緊張の連続で仕事をしている。そのストレスが命の灯を早く燃やして尽きてしまうのかもしれない。
 私も尾歯会ではいつの間にやら年齢順では上から8番目に位置する様になった。そろそろ体調に気を付けながら無理をしない生活に切り替えなくてはならない気がした。
『I』先生の御霊の安らかなれと御冥福をお祈り申し上げ、ご遺族の上に御加護を賜らん事を念じております。                      
                                                  合掌

2015年03月05日

「心に響く小さな5つの物語・・・縁を生かす」

 致知出版社の「心に響く小さな5つの物語」の中の5編目に出てくるお話である。
平成22年に第一刷が出た時すぐに買い求めて読んだ。その時も目頭が熱くなった。そしてこの本を待合室の本棚置いて患者さんに読んで貰っていた。
 「致知」3月号に「心に響く小さな5つの物語」の感想文コンクールの記事が掲載されており再度待合室の書棚から取り出し読んでみた。やはり胸が熱くなる。この他の4編の物語どれも心を揺さぶられるものである。インターネットを検索すれば35万人が涙したとか、
またこの物語は動画で「泣ける実話 先生と一人の少年」としてユーチューブにアップされている。見ていただきたいものである。
https://www.youtube.com/watch?v=Wo1mMML1MOE

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内容を本から引用させてもらう。

その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好き
になれない少年がいた。

中間記録に先生は
少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ある時、少年の一年生からの記録が目に止まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。他の子の記録に違いない。
先生はそう思った。

二年生になると
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。

三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」

三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、

四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」

先生の胸に激しい痛みが走った。
だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として
自分の前に立ち現われてきたのだ。
先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔を見せた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの午後だった。
少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」

六年生では先生は少年の担任ではなくなった。

卒業の時、
先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」

それから六年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、
とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」

十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから
患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。
大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」

そして一年。
届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」
と一行、書き添えられていた。

『致知』連載にご登場の鈴木秀子先生に教わった話である。
たった一年間の担任の先生との縁。その縁に少年は無限の光を見出し、それを拠り所として、それからの人生を生きた。
ここにこの少年のすばらしさがある。
人は誰でも無数の縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、
人はその人生を開花させていく。大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。
引用ここまで

 まさにここに描かれているように人生は出会いであり縁そのものである。結婚しかり、仕事しかりである。それを取捨選択してきて今の自分がある。だれの責任でもない己の責任だと思えば不平不満など起こるはずが無い。だからこそ、その縁をどう生かすかが重要な命題だとこの歳になってより鮮明になって来た。これからも縁は大事にしたいと思う。
 それにしても最近の子供達はバトルを基本とするスマホゲームに興じているとか、その中では中々情操を育てることは出来ないのではないのか。この「心に響く小さな物語」の様なものを読むことで本来の人間としての優しさが学べるのではないだろうか?

2015年02月11日

2025年問題

 介護保険が始まったころから2025年には社会保障が大変な事になると言われてきた。つまり団塊の世代全員が75歳以上の後期高齢者になり、介護保険や医療保険の費用が莫大掛かるので今の体制では社会保障が出来ないと言われている、私は団塊の世代の最初であり、身につまされる感じがしてきた。それも後十年という所まで来て、まさに秒読み段階である。
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 日本歯科医師会雑誌12月号に野村総合研究所顧問 増田寛也氏の「人口減少社会の到来と社会保障」という記事が出ていた。
 それによると『日本の人口は戦後一貫して増え続けたが生産年齢は1995年、総人口は2008年をピークにすでに減少している。国立社会保障・人口問題研究所が2012年1月に発表した「日本の将来推計人口」によると、2048年には1億人を切り、2100年には4959万人と5000万人を切る。また高齢化率は現在の23%から2040年には36%、2100年には41%まで上昇する』と書いてあった。2100年なんて85年も先、私が死んだ後なので関係ないと思ったが、考えてみれば現在4歳の孫娘にそろそろお迎えが来るころの話だ。そう考えると急に現実味を帯びた感じがした。
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 その記事の中に人口減少の要因が2つ書いてあった。『一つ目は20〜30歳の若年女性の減少であり、晩婚化、晩産化、少子化による出生率の減少である。出生率は2005年に1.26という最低を記録したが2013年には1.43まで回復した。しかし第二次ベビーブーム(団塊ジュニア)の女性も既に40歳を超えその世代以降では女性数が急激に減り、出生率は増加しても出生数は減少し、2013年には出生数は102万9800人と過去最低を記録している。
 人口減少のもう一つの要因は、地方から東京圏への若者の移動である。高度成長期をはじめとして長年にわたり若者が移動した結果、地方は人口再生産力そのものが流出し続けた。一方、東京圏では、その厳しい子育て環境から超低出生率である。(東京都の2013年の出生率は1.13で最低)
 今後東京圏では高齢化率35%の超高齢社会となり、医療や介護サービスの深刻な供給不足が表面化する。地方から医療・介護の人材が大量に東京圏に引っ張られ、人口減少が加速する可能性が高い。』と書いてあった
 さらに長期的な視点からの社会保障全般の見直しとして『今後日本は急速な高齢化と人口減少が同時に進む。持続可能性のある社会保障を維持するためには、これまでの延長線上でない少子化対策、人口減少対策が求められる。
 現在の社会保障は、高齢者への給付が相対的に手厚くなっていることは否めない。社会保障給付費全体に占める年金・介護分野の割合は57%、対GDP比では13%を占めるのに対して、子育て費用の給付全体に占める割合は4.5%、対GDP]比1%に過ぎない(いずれも2013年)』と書いてあった。
 さらに医療費の話をこれに加えると、日本人の生涯医療費は1人当たり2010年の推計で2400万円程度と言われている。そして70歳以上でその49%を使うと言われている。高齢者である私にとっては若い世代に支えて貰っている側であり社会保障費の話しは耳が痛い。
 先日、来年度の予算案が示されたが、まだまだ子育て支援への配慮は少ない様だし、なんだかんだと言っても高齢者は手厚く保護されている感じがした。
 何とか若い世代に迷惑をかけないで済む生き方を模索し、健康寿命と本当の寿命を一致させるように心掛けなければならないし、終末医療においては医療費の掛かるスパゲッテー状態はいやだと子供達に宣言しておこう。

2015年01月22日

初めての正月IN沖縄 PART 2

 翌朝1月1日は長男が今年歯科医院をテンナント開業したいと言っている場所に連れて行ってもらう。那覇市の隣、南風原でこれから人口が増えて行きそうなところであった。テナントの建物は建設中であったがそこそこ良い場所の様な気がする。
 隣に食べ物屋の「大戸屋」、後ろに「スターバックス」、前に「マクドナルド」などがあり集客出来そうな場所である。もっとも300メートル程の所にすでに1軒開業していた。
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 那覇市内は元旦だと言うのに車が多く、結構お店等も開いており、内地の雰囲気とはまるで違う。聞けば正月はほとんどしないで平日と同じとか。全く正月らしくない。そういえば朝のホテルの食堂でも、エレベーターの中でも台湾語か北京語か判らないが中国語とおぼしき会話が飛び交っていた。何か日本の中の外国という感じがして違和感を覚える。
ホテルの玄関にたくさんの絵馬のカードが印刷されたものが張り出され御自由にお書き下さいとのこと。家内と二人で書いてみた。
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 昨年1年間の疲れがどっと出て来たので早々にホテルに引き揚げ、温泉につかりその後ベットの上でごろ寝をし疲れをいやす。朝出かける前に箱根駅伝を放送しているチャンネルを探したが無い。驚く。たしかにTVのコマーシャルでは「新春明けましておめでとう」の文字や音があるのだが、何かにつけて違和感だらけだった。
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 夜は全員で外食に出かけるが、国際通りにある回転寿司屋にいく。総勢11名だったので40分ほど外で待たされる。沖縄は温かいと言うイメージであったが、風が強く体感温度はかなり低く感じる。特に朝晩は寒い。尾道から着て来たダウンのコートが丁度良いあんばいであった。
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 翌2日朝、長男一家に迎えに来てもらい空港へ、昼食を孫達と食べ14:45発の便で福岡空港へ。到着が少し遅れたが、無事新幹線に間に合う。1月2日だと言うのにもうUターンが始まっている様だった。向のホームに停車していた熊本行き新幹線「つばめ」号には妖怪ウォッチの絵が書いてあり驚く。
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 岩国を過ぎたころから外はかなりの雪が降っていた。広島で「こだま」に乗り換え帰った来たが東広島までの雪は尾道では止んでいて、車の上に少し積もっているだけだった。
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 全く観光をしないで用事だけを済ませた旅であったがかなりくたびれた。

2015年01月04日

初めての正月IN沖縄 PART 1

 長男一家が住んでいる沖縄へ、暮の31日に福岡空港からの便で行く。尾道にいる二男一家も行ったのだが彼らは30日に出かけ広島発に乗れた。私達の乗ったANA1121便は126人乗りで満席、しかも座席と座席の間が狭く身長181cmの私の膝は前の席に当たり痛い。こんな飛行機に乗ったのは初めてである。まるで格安航空の機体に乗った感じがした。
 IMG_2758-1.jpg   IMG_2761-1.jpg    
 沖縄に出かけたのは、長男一家が家を新築し12月に引っ越したのでそれを見に行った。
 沖縄の家はほとんどがコンクリート造りであり、窓には雨戸がある。これは台風が頻繁に襲来し強風が吹くため、家の屋根が飛ばされたり、ものが飛んできてもガラスが割れたりしない様な構造になっているのだろう。長男の家がとても大きく立派なのに驚かされた。
 子どもが4人もいればこの大きさも仕方ないのだろうと思う。
 IMG_2766-1.jpg    IMG_2773-1.jpg    
 せっかく家族全員がそろったので写真館で写真を撮ってもらう。出来上がりは今月半ば以降の様である。久しぶりに沖縄の孫4人にも会う。全員元気いっぱいである。二男の所の孫娘も一緒になって大騒ぎをしている。一番下の孫息子は1歳4カ月だが、言葉はまだ喋らないが「あー」とか「うー」とか手を差し出しながら色々要求している。気に入らないと机をどんどん叩いたりする。上3人が孫娘なのでへこんでいるかと思いきや負けずに意志を通している。頼もしいなと思う。
 夜は長男の家でNHK紅白を観ながら皆で食事をし、美味しくお酒も呼ばれる。
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 10時ごろ「ロワジールホテル那覇」に帰る。1階に土産物店が有り、覗くと結構サンゴの首飾りや指輪などの宝飾品が売られている、夏ごろから小笠原近海に中国漁船がやってきて根こそぎサンゴをとって行ったというニュースが流れていたが、結構ここで売られている宝飾品も高値である。サンゴそのものが置物として売られていたが値段を見てびっくり。何と1億円である。このお店の一角で似顔絵を描いている人がいたので家内と二人一緒に描いてもらう。あまり似てないが仕方あるまい。
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 このホテルには地下800メートルまでボーリングをして湧き出た天然温泉があり入浴する。体をゆっくり伸ばしゆったりした気持ちになれた。午前0時には花火が打ちあがったが、窓が北側だったので残念ながら見えずに音だけを楽しむ。その後眠りに落ちる。

2015年01月04日

今年を振り返って

 色々振り返ってみたがあまり良いことは無かった気がする。齢を重ねてきたせいか体のあちこちにガタがきて、その対応に追われた1年であった。
 1月頃から首が痛くなり最初は「寝たがい」と思っていたがさっぱり治らない。段々首を回したり傾けたりしにくくなってきた。それでカイロプラティク、あん摩、整体等あらゆるところに毎週のように通ったが良くならない。だんだんひどくなり肘までが動かすと痛くなる。また肩も五十肩の様に上に挙げられなくなる。それでやっと重い腰を挙げて8月末に整形外科に行くと肘は「テニス肘」、首は「頸椎症の神経根症」だと言われた。テニスもしないのに何でテニス肘になったのか判らない。痛み止めと湿布薬を貰ったりしたがどうにもならない。
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 その内、家内が三次に良い鍼灸院があると聞いてきたので、2回ほど三次まで1時間を掛けて通ってみる。確かにあん摩や整体よりも私には良い気がしたが、何分、毎週三次には通えない。幸い歯科医師会の先生で良く利用される鍼灸院が尾道にあると言う事で紹介してもらい通い出す。私には鍼治療が合ったのか、現在では8割がた良くなって来た。今は鍼とあん摩の両方に通い完治を目指している。振り返れば今年1年ほとんど私の時間をこの治療に費やした事になる。かけた費用もかなりなものである。
 その他、6月のPET・CT検査では肺に影があると言われ、8月と12月に再検査し、影の増大が無いと言う事で無罪放免、また大腸検査では直腸にポリープがあったのでポリープ切除をされた。さらに10数年通っている眼科では緑内障の眼圧が少し高くなったとかで手術の話もちらほら出てくる。満身創痍である。
 日本の医療費は高齢者に莫大費用が掛かると言われているが、自分の事に当てはめてもそうだと思う。これからは健康年齢を伸ばすように、注意を払い食事・運動などにも気を付けて生活していかなくてはと思った。
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 楽しかった事を挙げればGWに沖縄の長男一家が里帰りし、二男一家共々、小豆島へ一泊2日の旅行をした。孫達の成長を見ることが一番楽しいのかも知れない。
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 我が家での大きな出来事と言えば家内が裏の畑で野菜作りを始めた。最初は小さい面積だったが今ではかなりの広さになった。それで畑の野菜に水を撒くのに、水道水ではもったいなし、世間様にも申し訳なく思い、この12月に井戸を掘ってもらう。近くに川があり伏流水があるせいか15メートルも掘れば十分な量の水が出た。来年の夏は安心である。
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 さいだ歯科医院としては14年振りに外壁の塗装をした事、11月に14年乗っていた往診車がいよいよ駄目になり新しい車を購入する羽目になる。年末出費が嵩むが仕方ない。現在真っ赤なアクアの代車を借りて過ごしている。近いうちに納車されるであろう。
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今年も後わずかとなったが、これからは良いことばかりが起きて欲しいものである。

2014年12月26日

全国共通がん医科歯科連携講習会

 7日の日曜日に「全国共通がん医科歯科連携講習会」が三次市「十日市コミュニティセンター」で開催され出席した。この講習会の申し込みは10月にしたのだが、その時、開催が12月なので当日車で行けるかどうかすごく心配した(ちなみに私は冬タイヤの準備が無い)。そして11月の初めには会場までの道順を確かめるべく三次まで下調べに行って用意周到を重ねた。しかしやはり天候の問題については心配が募っていた。講習会前日の6日には広島で大学の同窓会広島県支部会が有り出席するので、思い切って広島に泊まり、7日当日バスセンターからバスで三次に行く事にしホテルを11月半ばに予約した。
 この話を尾歯会の先生に話したところ一笑に付されていたが、何と4日から県北は大雪警報が出て私の読みは見事に的中した。ホテルを予約していたおかげで私のストレスがなくほっとする。
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 7:45センター発の東城行きのバスにて出発した。安佐南区沼田町付近から山や道路際に雪が現れて来た。千代田インター辺りではかなりの雪があり、昔住んでいた北海道の風景を彷彿させた。しかし三次の街に入るとほとんど雪は無く驚く。無事会場に着き講習会を受講する。
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 現在日本人の死因の第1位になっているがん治療に際し、治療効果に加えてより安全であること、苦痛を出来るだけ緩和し、治療中から治療後も含めて患者のQOLを可能な限り良好に維持することが求められている。
 厚労省が策定した我が国のがん対策の中核となる「がん対策推進基本計画」においても口腔ケアの推進が重要視されている。これを踏まえて日本歯科医師会は「がん患者の口腔を守り、最後までお口から食事をとる事を支援する」地域医科歯科連携を強力に推し進めるため、「国立がん研究センター」と共同して今回の講習会の為のナショナルテキストを作成した。
 このテキストを使用しての講習会によりがん患者の歯科治療や口腔ケアについて全国の歯科医師が同レベルの知識技術を習得できる。
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 講習会の内容は「がんの治療の総説」から始まり、「がん手術と口腔ケア」、「がん薬物療法を受ける患者の歯科治療・口腔ケア」、「頭頚部放射線治療、放射線化学療法の患者への歯科治療・口腔ケア」、「がん医療における緩和ケアと歯科治療・口腔ケア」等々多岐にわたり講習を受けた。100%全部理解できたわけではないが、今後何度かテキストをめくり、実際にがん患者が来院された時実践に役立てたいと思った。
 ところで12月1日にはNHKの「クローズアップ現代」で「長寿の鍵は“口”にあり 口腔ケア最前線」という番組が放映された。ここでは千葉県の「国保旭中央病院」の取組が紹介されていたが、まさに今回の講習会で習った事がそのまま実選されている内容であり、あまりにもタイミングの良さに驚いた。
 帰りはまた広島センター経由で帰らなくてはと思っていたが、家内が迎えに来てくれることになり帰る途中も雪などほとんどなく無く、世羅辺りの山に一部雪が残っている程度だった。早く帰れたおかげで3時間程時間を節約出来た。

2014年12月08日

専業農家

 22〜23日と会務で広島に出張し仕事をした。勤労感謝の日に仕事をするなど本当に有難いことである(皮肉をこめて)。お蔭で久方ぶりに24日は丸々体が空いた。それで家内が「どこか行こうか」というのでどこでも良いと返事をする。
 家内はこの5月から裏の土地を畑に開墾し、今や50坪程を畑にしてしまう。素人の家内が畑仕事をしていると、近所の人たちがやってきて色々アドバイスをしてくれる。夏はトマトやキュウリ、ナス、しし唐、サツマイモ等結構な量を収穫した。
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 今はネギ、タマネギ、ニンジン、ホウレンソウ、ゴボウ、大根、ジャガイモなどこれから冬〜春に向けて収穫できるものを植えているようだ。ところで最近家内の野菜の師匠は、岩子島の野菜専業農家に嫁いだ中学時代の同級生「I」さんである。
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 それでその「I」さんの畑は素晴らしいから是非見に行こうと言われ出かける。向島には割合よく足を運ぶが、岩子島まではここ何年も足を運んだことが無かった。途中、山の紅葉が綺麗で何も遠くまで出かけなくても十分目を楽しませてくれる。
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 「I」さんの家の周りの畑は自家用の野菜を作っているとのことだが十分に素晴らし畑である。その畑から、大根、白菜、キャベツ、赤色ジャガイモ、ニンジン、ホウレンソウ。チンゲン菜、サトイモ等を収穫して家内にプレゼントしてもらう。私と家内では食べきれない量である。それにしても家内の作る野菜とは雲泥の差である。土にも触ってみたがさらっとして目も細かく色も黒々としている。土にも年季が入っている。
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 「I」さん方は昔はトマトやワケギの専業農家であったが、今はベビーリーフに切り替えつつあるとかで、何ヵ所かのハウスを案内して頂いた。ベビーリーフと言われても最初何のことかわからなかったが、最近レストランのサラダ等に入っているのだと言われ思い出した。丁度御主人が大きなハウスに種をまき終えたところであった。
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 その後岩子島海水浴場のそばにあるハウスにも案内して頂いた。そこでは露地物のソラマメがかなり成長していた。それにしても専業農家というのはすごいものだと思う。案内して頂いた畑を御主人と2人でやっている。子供はいるが農家とは関係ない仕事に就かれているとか。そういえば途中打ち捨てられたビニールハウスがあちこちにあり、聞けば後継者が無くそのままになっているとか。これから食糧危機が来る可能性もあるのに農業の後継者問題も深刻だなと思う。

2014年11月24日

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