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大先生(元院長)のブログ

祝「尾道技工士会」様

 さる11月13日に広島県歯科医師会館で、第29回広島県歯科保健文化賞の授賞式が行われ1団体、2個人が表彰された。今回、団体の部は尾道市歯科医師会が推薦した「尾道技工士会」が見事受賞の栄に浴された。
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 この受賞理由は「尾道技工士会が平成9年から今まで17年間の長きにわたり多数の義歯所有者が入所している特別養護老人ホームや介護老人施設において義歯刻銘ボランティアに取り組んでこられた功績に対してであり、これによって一目では誰のものか判別しづらく管理に困難を伴う義歯の取り間違え防止や、紛失・置き忘れ防止など、義歯所有者や施設側の管理が容易になる事から大変喜ばれており、口腔健康保持にも多大に貢献している」事による。
 当日は推薦団体を代表して式典に御来臨賜り錦上花を添えて欲しいとの主催者側からの案内が有り、喜んで出席させていただいた。
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 表彰式では審査委員長が受賞理由を述べられ、本当にそうだと思った。
残念ながら当日は湯崎県知事が所用の為欠席で、代理で来られた福祉保健部長の松田様より表彰状が授与されたが、出来れば知事自ら手渡していただければなお良かったのに。
 「尾道技工士会」とは毎年合同研修会を行うなど緊密な間柄にあり、義歯刻銘ボランティアにも尾歯会から会員の先生が応援出務し、お手伝いをさせていただいている。
「尾道技工士会」様本当におめでとうございます。これからも益々ご活躍を祈念しております。
 ところで同じ会場で「平成26年度8020達成者表彰」も行われた。今回入賞された方々はいずれも8028以上で、県知事表彰を受賞された方は1本も治療痕が無く、全て生えて来たままの御自分の歯である。素晴らしいに尽きる。
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 平成23年の調査では日本において8020達成者は38.3%であったが、厚労省は2020年東京オリンピックの年には8020達成者の割合を50%にする目標を立てている。今後8020達成者は増えてくるが28本以上ありしかもほとんど治療した跡が無い方はやはり貴重な存在だと思う。
生きるためには人間食べなくてはならないが、食べるためには歯が必要であり、8020達成者は男女とも介助なしで元気で過ごせる「健康寿命」を、はるかに超えて元気です。そして自ずと歯が有れば元気で過ごせることを証明していらっしゃる。

この度は思いもかけず両方の表彰式に参加できて良かった。

2014年11月15日

「さいだ歯科医院」お化粧直し

 一昨年から内装工事や天井の吹きつけ工事を行い徐々にリニューアルをしてきたが
今回外壁の塗り替えをした。外壁は平成12年に一度塗り直したが、あれから14年が経過し、外壁ALCや窓サッシ周りのシーリングが朽ちてきており今回は塗り替えと同時にシーリング材の打ちかえも行った。
 今年の春から計画を立て、秋なら雨も少なく大丈夫だろうと言う事で10月9日から取りかかり、足場を組み飛散防止ネットを掛けて始まったのだが13日に台風19号が接近すると言う事で急遽ネットを外したりしての工事となった。その後は順調に進み後一日で終わるところまで来たが、10月26日の夜、かなりの雨が降り、その日の日中塗装したところが雨で流れてしまいやり直しとなる。塗装やさんには本当に気の毒であった。それでも何とか追い込んでもらい、10月30日に無事完了する。
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 外壁の色は色々悩んで奇抜な色にしようかとも思ったが、やはり冒険出来なくてほぼ同じ配色にした。開業時の写真と比べてもあまり変わり映えが無い。
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 これで箱モノのリニューアルは一段落したことになる。しかし機械・設備類は折に触れて更新しているとは言え、年月を経れば段々と古くなっていく。これからは設備の更新がより頻繁に必要となり、経営を圧迫するようになるのではないかと心配になる。
 「さいだ歯科医院」はこの11月6日で無事開業28周年を迎えたが、何とか外壁塗装が間に合い新たな気分で29周年に向かって出発が出来た。次に塗る時は息子の代になっているだろう。
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 さらに開業記念日、6日には従業員からのサプライズで豪華なお花のアレンジメントをいただいた。そしてお昼にケーキを食べ、28周年を皆で喜びあえた。

2014年11月11日

広大応化S44卒クラス会

 先日広島大学工学部応用化学科「昭和44年卒クラス会」が有った。広島在住のS君とM君並びに大阪在住のM君がお世話係となり準備をしてくれた。46名卒業して2名が他界、4名が行方不明である。今回出席したのは15名であった。
 当日は広島駅横のホテルグランビアの32階で開催された。部屋からは広島駅やマツダスタジアム、遠く黄金山が見え卒後広島を離れているクラスメートにはもってこいのシチュエイションであった。卒後45年間で今回が3回目のクラス会である。前回は平成22年2月にあったが、今回は未だ仕事をしている人、親の介護で手を離せない人、旅行計画と重なる人などがあり、前回より少ない15名の参加であった。
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 会場に着くと何人かはすでに来ており、名前をすぐに思い出せる奴、さっぱりわからない奴等いて「だれきゃーの」と尋ねたりする。その中で卒後45年振りに会うクラスメートが2名もいた。I君とF君である。4年間のクラスメートでも4年生になると研究室に配属されるためについ疎遠になる事が有る。現在奈良在住のF君は大学2年の有機合成化学実験でのパートナーである。有機合成化学は反応時間に何時間もかかるため実験が深夜になる事もあり、夜中、実験途中二人して屋台に飲みに行った事もある。
本当に懐かしかった。
 ただ私は当日、歯科医師会の会議が有り1時間程しか出席できなかった。皆の近況を聞いていると、現役時代の仕事のハードさから解放され、ボランティア活動に精を出すもの、いまだ週3日程会社勤めをしているもの、のんびりお百姓をしているもの等様々で有る。中には日本のお城めぐりを趣味としていて、当日も三原城の遺構を見て参加したと言うものもいた。そしてさらに体調の事になると、腰痛だ、肩痛だ、癌を経験したとかそれなりに問題を抱えているようだった。
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 クラスメートの多くは22歳で大学を卒業し60歳の定年まで38年間働いているが、私は途中歯科大学で勉強したため6年間の中抜けが有り、会社勤務7年、歯科医としての仕事が30年でまだ皆よりは1年不足である。そのためいまだ現役バリバリで仕事をせざるを得ない、
 また欠席者からのハガキ返信欄にはそれぞれの近況が書いてあり、やはり畑仕事に精をだすもの、悠々自適の生活をしているもの、年金生活で思うに任せないと書いているもの、闘病生活をしているもの、親の介護に明け暮れているもの等さまざま書いてあった。しかし46名中40名の近況が判り、多くのクラスメートが元気で頑張っているのに勇気づけられた。
 次回は大阪で2年後古希に合わせてする事になった。今から楽しみである。

2014年11月10日

歯科講演会

 先日26日に、尾道市歯科医師会と尾三地域歯科衛生士会との合同研修会が有った。毎年行われている研修会だが、今年は8月10日に予定していたところ台風11号接近の為延期されていた。今回は福岡歯科衛生士専門学校の山本未陶先生をお招きして、「ヘルスプロモーション型の定期検診を始めましょう・・・すぐ使える歯科保健指導のコツ」と題して御講演を頂いた。
 歯科の2大疾患である虫歯と歯周炎はある意味『生活習慣病』と言われている。そしてそれを防ぐには予防が重要でいかに患者さんにその重要性を理解して頂き、さらに我々がいかに支援をしていくかが大事である。
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 とかく我々歯科医師や歯科衛生士が患者様を指導していく場合、上から目線で「すずめの学校」よろしく「鞭を振り振りちいぱっぱ、まだまだいけないちいぱっぱ」的な指導になる。そうでは無くて、「めだかの学校」のように「誰が生徒か先生か」判らないぐらいに患者様が自立できるように支援をしていくことが大切である。
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 たまたま講演会が行われた日の日本経済新聞朝刊に『歯周病、ケア不足 6カ国調査で日本人・・・「時間かけぬ」最多3割』という記事が載っていた。この記事によると日本・米国・英国・ドイツ・オーストラリア・スエーデンで成人を対象に調査をしたところ、日本では歯周病を「知っている」、「聞いた事が有る気がする」と回答した人は98%と第1位で認知度は高い。一方で「歯のケアに時間やお金をかけたくない」とした割合も日本が30%で最多。2番手だった米国・オーストラリアの各22%とは差が開いた。
 この原因は何なのか考えると、日本の歯科治療費が世界でも格段に安く、虫歯になったり痛くなれば歯医者に行けば良い思う人が多いのではないだろうか。一方米国などは歯科治療費が高く虫歯になり歯科にかかるとかなりの経済的負担を強いられる。そのために予防やケアに時間とお金を掛けるのだと思われる。
 痛くなれば歯医者に行くと言う感覚と、痛くならないように歯医者に行くと言う感覚のずれを正していかないと中々定期検診やケアが進んでいかないだろう。
かって私の医院で患者様に歯みがき指導をするために来ていただいたところ、「仕事を切り上げて来たのに治療をしないで歯みがきなんかとんでもない」とお叱りを受けたことが有る。
結構その言葉が私にはトラウマになっているが、時代は変わってきている。
今や80歳で20本以上の歯を持っている人の割合が40%になってきている。
メンテナンスを含めて患者様の口腔ケアに力を注ぎ患者様が健康で質の高い生活が出来る様に少しでもお役に立ちたいと思う。

2014年10月31日

ソフトボール大会優勝

 去る19日に天候に恵まれ第31回広島県歯科医師会健康ソフトボール大会が尾道市御調町のソフトボールグランドで開催された。私は選手として出場はしなかったが、尾歯会の会長として朝から応援に出かけた。ところでこの球場は広島アジア大会の為に作られたもので、全国でも3本の指に入る立派なグランドである。そのため全国大会などが頻繁に開催されている。
 以前は各地区持ち回りで行われていた。海田の自衛隊グランド、佐伯運動公園、三次の江の川河川敷等で行われた事もあったがグランドの整備不良で怪我人などが出やすく、最近は全てこの御調町のグラウンドで行われるようになった。広島市のチームなどは朝6時集合でバスを連ねてやってくるが、我々は近いためゆっくり出かけることができ助かる。
 ところで県歯科医師会の大会はA・B・Cの三クラス別で行われる。Aクラスに出場するチームは強豪チームで、Bクラスはそこそこチームで、Cクラスはそれ以下のチームという事になる。
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 私たちは尾道・因島歯科医師会合同チームとして参加したが選手は全員尾道市歯科医師会の会員である。クラスはCである。3年前まではBクラスにいたのだが負けてCクラスに降格した。サッカーJリーグ並みである。毎年そのクラスの下位2チームが下のクラスに降下し、下のクラスの優勝チームと準優勝チームが昇格していく。但しCクラスは降格することは無く、昇格のみが有る。しかもCクラスはトーナメント方式では無く、2試合してその得失点差で順位を決定する。昨年は2勝したにもかかわらず3位に甘んじ昇格できなかった。
 尾道・因島チームもかってはAクラスにいた事もある。しかし若手の入会が無くだんだん会員が高齢化し、出場選手にもこと欠くあり様が続いていた。しかし昨年、今年と30代の若き先生方が4名入会し活気が出て来た。尾道市歯科医師会には入会する条件としてソフトボールをするというのが有り、否応なく練習をさせられる。7月に入会した私の息子も駆り出され試合をしていた。
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 今年は早い時期から練習し必ずBクラスに上がるのだとコミットして練習した甲斐があり、見事に優勝を果たしたのである。来年からはBクラスである。
私は丸1日応援し、最後に、チームを代表して表彰状をいただくに栄に浴よくした。
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 毎年、試合後千光寺山荘で反省会を行うが、今年は祝勝会という事で大いに盛り上がり来年も優勝しようと全員で誓い合った。

2014年10月21日

特許

 今年ノーベル物理学賞を3人の日本人が青色LEDの発明開発で受賞した。非常に喜ばしいことである。3人の受賞者の内、現在アメリカ国籍を取得している中村修二氏がかって自分の発明の特許に対する会社の評価が少ないとして会社と係争したことは有名で、そのせいもあってか昨日(10日)の日本経済新聞に「従業員発明者の地位向上」と題した一文が掲載され、本日の一面には「社員の発明に報奨義務・特許は会社に帰属・競争力底上げ  法改正へ」と記事が掲載されていた。
 中村氏の係争は2001年に元勤めていた会社を訴えた。彼の重要な特許に対し会社は2万円の対価しか払わなかった。しかしその特許を基に会社は1000億円以上の利益を上げた。そこで不条理を感じて提訴につながったと日経新聞に書いてあった。
 東京地裁では特許の価値を604億円と認定した上で中村氏へ200億円の支払いを命じたが、東京高裁が和解勧告をし2005年1月に延滞金などを含めて8億4000万円で和解した。このニュースを聞いた時は本当に衝撃的であった。
 というのも私は1971年〜1978年まで日立製作所に勤務し、日夜研究に励んでいた経験が有る。当時の事は可成り忘れたが日立では特許を書くと1000円か1500円位の報奨金が出ていた。その時、特許の権利を会社に渡す旨の誓約書に判を押していた。そして正式に特許となればその特許のコピーに贈呈と赤判が押され金一封で5000円程度のお金が貰えた様に記憶している。さらにその特許を使用して会社が製品を作り利益が上がると、毎年、年末に特許賞が発表され、特等から5等までの6段階位で表彰され幾ばくかのお金がもらえた。その後もその特許で利益が上がっている間はお金が振り込まれていた。
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 私が会社に勤務していた頃は、お給料を貰い会社のお金で研究しているのだから当然特許の権利は会社のものと理解して何も疑う事は無かった。
 何回か引っ越しをしたりして手元に僅かばかりの資料しかないが特許のコピーが6件くらいに、5等の特許賞が3枚とお金の金額を書いた用紙が4枚ほどある。特に会社を辞めてもその特許を使って利益が出れば幾ばくかのお金を振り込んでくれた。開業した2年目の昭和62年に4000円を貰ったがそれが最後であった。
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 特許の有効期間は特許申請をしてから15年だったと思う。私が書いたものは全て特許切れになっている。
 会社で研究していた頃は半期に何件特許を書くか、しかも特許の種類としては優特許・良特許・防衛特許と別れており、最低でも優特許1件、良特許2件くらいは書くと自己申告させられ、提出時に書いた特許を上司と話し合いランク付けをされて申請した。また期末には上司との面談で特許の件数や内容で勤務評定をされていた。
 当時、私は書いた特許が製品化され、人様のお役に立つことに無上の喜びを感じ、またそれがひいては自分の出世につながるのだと思っていた。中村氏の裁判のニュースが流れた時は本当に驚いた。新聞記事によればその後日立製作所でも光ディスク関連で1億6300万円の支払いが命じられたとか。もっとも私の特許は会社と係争する程のものでは無くささやかなものだったと自覚している。中村氏の裁判が発明者の権利意識に一石を投じた事は間違いない。

2014年10月11日

40数年ぶりの呉線

 10月4日に呉歯科医師会が創立100周年を迎え記念式典が挙行されたが、尾道市歯科医師会を代表して出席をした。尾道から呉に行くには三原から呉線に乗って行く手もあるが、時間が莫大かかるとのことで、広島まで新幹線で行きそれから呉線に乗り換えて行く事にした。
 私にとって呉市は少なからず縁がある。私の父親が生まれ育った街であり、母もその父親が海軍工廠の技師であったため、一時住んでいたことがある。そのため本籍は両親が亡くなるまで呉市溝路町に置いていた。もっともその家は昭和20年7月の空襲で焼失してしまい、小学3年生の時に父親にその場所に連れて行ってもらったが今ではどこだったか分からない。
 また私の父は公務員をしており呉勤務の時、官舎が両城中学のグランドの横にあったことから、私が広大4年生の12月から卒業まで4カ月間を呉線で大学まで通った。当時はまだ電化されておらず、ディーゼルカーか蒸気機関車であった。その頃は国道のすぐ横まで海岸線が迫っていて、風光明媚な趣であったと記憶していた。ところが今回40数年ぶりに乗ってみて驚いた事がある。
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 まず広島・向洋駅間に「天神川駅」、坂駅と小屋浦駅の間に「水尻駅」、小屋浦駅と天応駅の間に「呉ポートピア駅」そして狩留家駅が「かるが浜駅」になっており私の知らない駅が3っも出来ていた。
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 そしてあれほど楽しみにしていた海岸の風景は国道の海側が多くの場所で埋め立てられ、さっぱり見えない。少し悲しい気分になる。良く利用した川原石駅はフェンスで取り囲まれ、呉港が良く見えない状態であった。まさに浦島太郎状態であった。
 そんな感傷に浸りながら50分ほどの旅を楽しんだ後、呉阪急ホテルでの式典と祝賀会に出席した。
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 式典は厳かに行われた。大正3年10人の会員で創立されて100年、今では会員数130数名になっているとのこと。100年という時の重みを感じた。尾道市歯科医師会も後6年で100周年を迎えるが、今回の呉を参考にさせていただこうと思う。
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 祝賀会は一転華やかで、とりわけ呉歯会の会員の先生方の嬉しそうなお顔が印象的であった。また途中余興で琴庄神楽団の神楽の舞もあり賑やかで楽しく、美味しい料理とお酒をいただいた。
 帰りはタクシーで広島駅まで帰ったが、呉道路という有料道路を利用したせいか35分ほどで着いた。

2014年10月05日

神戸旅行

 27日・28日と広島県歯科医師会の先生方と神戸に出かけた。日頃お付き合いしている他地区の先生方との懇親がメインである。但し、27日には県歯会長が公務で出席出来ないので正式な懇親会は28日の昼食という計画であった。
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 宿泊は新神戸駅横のANAクラウンプラザホテルで、夜はプレ懇親会という事で「ホテルオークラ神戸」の中にある日本料理の店「山里」で食事をした。食事は飲み放題の松茸づくしで美味しかった。参加した先生方と日頃の会務の話等で大いに盛り上がる。
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 私はビールと日本酒を随分飲んだ気がする。その後同じホテルのラウンジで二次会が行われたが、すでにアルコールの量は満杯で、ウイスキーの水割りを1口飲んだだけで、ギブアップ。因島のM先生とホテルに帰り、そのままバタンキュウであった。
 次の日、昼食までには時間が有るし、昨夜のアルコールも体から抜いておかなくてはと思い、北野の異人館あたりを何人かの先生たちと散策する。2003年にマレーシアのA子がホームステイしていた時に歩いた事があり11年振りである。それぞれの異人館には入場しないで外から建物を見るだけにした。素晴らしい秋晴れでかなり暑かった。
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 うろこの家・北野天満宮・風見鶏の館・と見て歩きその前の北野町広場では大道芸人が芸を披露していた。そして多くの異人館では結婚披露宴会場として場所を提供しているようであった。またクローズされている異人館も結構あった。アップ・ダウンの道にかなり疲れ、北野物語館にあるスタバに入る。これも異人館で風情ある建物であった。
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 一休み後、異人館通りを歩いて懇親会場の「東天閣」という中華料理店にいく。ここは明治27年に建設されたドイツ人F・ビショップ家住宅を改装したもので、道路をはさんだ向かいは神戸北野ホテルであった。お値段がいくらのコースか知らないが、料理の味は中々のもので非常に美味しかった。また甕に入った10年物の紹興酒もまろやかで美味しいく昨夜の飲み過ぎも忘れて3杯も飲んでしまう。2時間ほど楽しく過ごした。その後帰りの新幹線の時間までかなりあったので歩いて駅まで行く途中有名な「にしむらコーヒー」に立ち寄る。お土産を買い16:12新神戸発のさくら565号で帰途に着く。
 それにしても今月は博多、札幌、神戸と良く出かけたものだ。

2014年09月30日

同窓会設立30周年記念式典 PART U

 翌朝携帯電話に千歳で開業しているU君より連絡が入る。帰りの飛行機は千歳発18:55であり時間が有るので私に付き合うからどこか行きたいところが無いかという。
彼とは学生時代、すぐ近所にあった彼のアパートで遅くまで一緒に補綴技工をしたり一緒に勉強していた仲である。
 ホテルまで迎えに来てくれ出かける。そうは言ってもどこに行くか迷う。昨日大学を20分ほどしか見学出来なかったのでもう一度しっかり見たいと思い連れて行ってもらう。途中、4日に降った大雨で石狩川が茶色に濁っていた。当別町では昔住んでいたところに立ち寄る。私の借家は当別川の土手の下にあり、その一角に7〜8軒くらいの家が有ったが今では3軒しか残っていなかった。しかし裏の家は残っていて住んでおられたので御挨拶をした。昭和56年に石狩川が氾濫した時は家に水が入るのではないかと思い、夏休みで中であったがU君のアパートに避難したことがある。
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 当別大橋が掛け替えられ、立派な道路が一直線に駅まで繋がっていたのには驚く。U君の住んでいた「幸コーポ」はまだ健在で彼も随分懐かしんでいた。
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 道路が新しくなったため多くの家が立ち退きをしたのか、街中を車で色々廻ったがクラスメートの住んでいたアパートなどが無くなっていた。息子2人が通った当別小学校にも寄ってみた。壁は塗り替えられていたが外観は30年前の通りであった。
 その後大学に行き今日は時間が有るので、守衛さんにお願いして中を見学させてもらった。歯学部の中は昔のままの所もあり懐かしかった。期末試験が近いのか、それとも国試対策なのか、日曜日だと言うのに学生が登校して勉強をしているのには驚いた。
 また歯学部6年生(32期生)は大講義室に国試必勝を期して達磨を講義室に掲げて自分達で模擬試験をしているようであり、31年前の私たちを思い出しU君と苦笑い。
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 昨年出来た中央講義塔は10階建で当別町で一番高い建物である。エレベーターで10階まで上がると展望室になっていて当別の街や周りの畑などが一望に出来る。少しかすんでいて夕張の山は良く見えなかったが素晴らしい眺望に尽きる。
 図書館にも寄ってみたが学部が増えたせいで、色々の分野の本が取り揃えてあった。
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 見学を終わり、やはり千歳で開業しているボート部のキャプテンをしていたS君の所に立ち寄る。やはり20数年ぶりの再会である。たまたま彼の家に昨日式典来ていた秋田県角館で開業している私より1歳若いI君と、今日やって来たという福島県二本松で開業しているW君とに会う。早速放射能の事をW君に聞くと一時よりは下がっているとのこと、そして二本松市がどのような位置にあるのかと聞けば、飯館村と接しているとか。また2020年の東京オリンピックの為、復興事業の作業員が確保できにくくなり、かなり復興が遅れそうだとのこと。これも困った問題だな。広島地区でも岩国の基地拡張とこの前の広島市での大規模土砂災害の復興に当たり作業員の方の確保が難しいと聞こえてくる。それにしても今回本当に多くの同級生に会え、それぞれがこの30年頑張ってきている証が判って良かったと思う。

2014年09月16日

同窓会30周年記念式典 PARTT

 13日・14日に出身母校の北海道医療大学歯学部同窓会設立30周年記念式典及び祝賀会に出かけた。同窓会は私たち1期生が卒業してすぐに設立された。私が卒業した当時は東日本学園大学歯学部という名称であったが途中名前が変更された。同窓会の30年は私の歯科医人生と同じである。
 ところで札幌に行くには中々不便で直行便はANAとJALそれぞれ1便である。ANAしかとれず朝8:00広島空港発で出かけ、10:00前には新千歳に着く。記念式典は15:00からであり5時間をどう費やすか考えた末に母校を見に行くことにした。
 札幌駅からJR学園都市線で終点の北海道医療大学駅までおよそ45分掛かかった。私たちが学生の頃は手前の当別駅で降りて大学のスクールバスに乗り換えていたが、今では大学の前に駅が出来しかも電化されている。変われば変わったものだ。但し私が乗って来た電車はそこで折り返し運転となるため、20分弱しか時間が無い。1本遅らすと1時間後になり、式典に間に合わない恐れがある。それで構内をちょっと見て歩く。当時薬学部と歯学部しかなかった大学が今では看護福祉学部・心理科学部・リハビリテーション科学部の5学部と歯学部付属歯科衛生士専門学校を併設する総合大学になっており、その分校舎も随分と増えていて驚く。土曜日であったが学生がクラブ活動に精を出していた。あたふたと札幌に引き返し、ホテルのチェックインをして会場に向かう。
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 会場にはかなりの同級生も来ており「やーやー御無沙汰」と握手である。会場では日本アンチエイジング歯科学会理事の宝田恭子先生による「ねこ背を直せば、顔が若返る〜顔と体幹はつながっている〜」と題して講演が始まっていた。少し興味があり途中からだったが拝聴した。意外と面白く、自分も猫背気味なので気をつけようと思った。
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 15時から記念式典、祝賀会と続く。1期生は入学時149名であったが今回参加したのは35名ほどであった。また式典などの次第が印刷されているリーフレットに各期の物故者名が印刷されていたが、1期生は最多の9名の名が在った。祝賀会は御来賓の方々を除き我々は立食形式であったため同級生が一か所に集まり花を咲かせながら近況を話し合う。
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 中には卒業以来もしくは20数年ぶりという同級生もいたが、顔を見ればほぼ名前が出て来た。当時現役学生とは13歳も離れていたのでかなりおじさんだったが、今では全員54歳以上になっており段々顔のしわも近づいてきている感じがした。但し女性たちはまだまだ若々しい感じがした。これからは年月が過ぎるごとに会えない同級生も出てくるので、同期会には休まず出席したいものである。二次会も和気あいあいで結構お酒がすすんだ。その後、せっかくの札幌なのでボート部仲間の東区で開業しているN君に案内してもらいラーメン横丁で味噌ラーメンを食べてホテルに帰る。
 またマッサージを頼み体をほぐして寝る。

2014年09月15日

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