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09/21 腎癌切除の道のり PART 2
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外部グログ

大先生(元院長)のブログ

51年振りの大阪観光 PART 2

 10時出航、といってもドラは鳴らない。安治川水門を経て中心部に向かう。
この水門は津波被害を防ぐためのものだそうだ。
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 案内役の三ノ助師匠が色々の風物について説明してくれる。私は、最初クルーズの間、我々が退屈し無い様に何か落語をするのかと思っていたが、単純にバスガイドならぬ、クルーズガイドに徹していた。それでも時折、説明の中に、落語の落ちに近いしゃべくりで笑わせてくれる。また扇子と手ぬぐいを使っての芸のしぐさをして見せてくれた。特にうどんを食べるしぐさはたいしたものである。やはり芸人だと感心した。
また大阪には落語家が250人ほど、東京に500人程いるとの事。この人数が多いか少ないかということになったら、日本中では750人でも、世界70億人の中のたったの750人ならば自分達は貴重な存在だと話してくれた。我々歯科医師などよりもよっぽど貴重で天然記念物かもしれない。そんな話も織り交ぜながら、両舷に見える風景の案内をしてくれる。
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 関西電力本社ビル前を通過するとビルの屋上から大きな垂れ幕で「節電」と書いてある。大阪国際会議場(今年11月10日に歯科医学会総会がある場所)。大阪市庁舎では最上階に橋下市長がいるとの事、大阪市公会堂・個人が寄付して建てたのだそうだ、中之島公園などの説明を受け、それぞれがこのような配置になっていたのかと初めて知った。
 川クルーズでは多くの橋の下をくぐるのだが、所によっては水面からの高さの低い橋もあり、この場合は、我々が座っている部屋が船倉のほうに下がる。また天井のガラス戸も閉まってしまう。この時は川の水面が丁度お風呂に入っている感じの高さに見える。所々、舟が通過する時にこすったと思われる傷が橋板の底についている場所もあった。橋をくぐり抜けるとまた、部屋がせり上がり、天井屋根も開く。
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 舟が土佐堀川から東横堀川に入っていくと、前方に青い水門があって川がせき止められている。三ノ助師匠によると川の水位が違うので船をスムーズに通すのに仕掛けがあるという。暫くすると舟の後方で川から水門が競りあがってきて完全に舟は前にも後ろにも進めない囲まれた状態になる。そして水が少しずつ排水され、東横堀側と同じ水位になって初めて前方の水門が開き航行可能となる。正にパナマ運河と同じ原理である。日本にパナマ運河があるなど初めて知った。それから程なくして有名な道頓堀川に出てきた。有名なグリコの看板などを見て無事湊町船着場に到着。
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 タクシーにてヒルトンプラザWEST店に移動。桃谷楼で中華の昼食、着いたのが12時前、しかしこちらのスケジュールを知らせてなかったためか、店側の料理の出し方があまりにもゆっくりで、午後からの劇団四季の公演に間に合うかどうかイライラ、最後はデザートもそこそこに切り上げ退席。少し残念。続きはPART 3へ

2012年07月11日

51年振りの大阪観光

 7月7日〜8日に尾道市歯科医師会の旅行に参加した。今年は大阪方面である。
私にとって大阪は1年に1回程度出張するが、いつも目的地に行くだけで、観光は全くした事が無い。中学生の時、修学旅行で観光して以来のことである。
今回の旅行の目玉は「落語家と行くなにわ探検クルーズ」と劇団四季のミュージカル「夢から醒めた夢」である。前日6日の夜は雷が鳴り、激しい大雨が降って旅行はどうだろうかと心配したが、曇り空ながら雨も止みほっとする。
 午後、尾道を出発し、大阪駅から徒歩3分の「ハートンホテル西梅田」にチェックイン。このホテルは客室471室と、尾道では考えられない多さである。部屋の窓からは大阪駅の西の端が見え、列車の往来が多く見ていても飽き無い。
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 夜は日本料理の「河久」で食事をした。33階、地上142メートルのお座敷での食事会であった。そこそこの料理であったが、日頃、尾道で食べている我々にとっては魚の活きのよさや味を考えるとやはり日本料理を食べるなら尾道が一番だと思う。
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 食事会の後、他の先生方は三々五々大阪の街に出かけられたが、私はホテルにまっすぐ帰り、マッサージを頼む。2時間してもらい、そのままぐっすり良く眠れた。翌朝気持ちよく目覚め。
 朝食後いよいよ観光である。ホテルからユニバーサルシティーポートまでタクシーで行く。本来はJRで行く予定だったが、ある先生の提案(わがまま?)でタクシー移動となる。お陰で早く着き過ぎ、外で待つのは暑い。
そこで目の前の「ホテル ユニバーサル ポート」に入って小用を足し、乗船時間まで過ごす。昨日泊まったホテルよりははるかに立派で、受付けカウンターの後ろには大きな水槽があり、魚がゆったりと泳いでいた。またUSJで買ったと思われる荷物を持った小さいお子様連れのご夫婦が目立った。
せめてこの程度のホテルに泊まれたらなと行きかう人を観ながらうらやんだ。

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 「落語家と行くなにわ探検クルーズ」は乗り合いクルーズで基本的には4コースがあるようだ。
今回私たちが利用したのは「川のゆめ咲線コース」でユニバーサルシティポート→安治川→堂島川→大川→土佐堀川→東横堀川→道頓堀川→太左衛門橋船着場→湊町船着場 の90分コースであった。
9時50分乗船開始。飲食物の持ち込みは禁止で、欲しければ中で買うという規則。早速、生ビールを一杯注文。
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本日の案内役は桂三枝の弟子で、落語家暦15年の桂三ノ助さんであった。
続きはPART 2へ

2012年07月10日

映画「スノーホワイト」を観て

 先日スノーホワイトを観た。グリム童話生誕200周年記念との事でパンフレットには「“おとぎ話”は終わった。今新たなる「白雪姫」伝説が始まる!」と有る。
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 ところで「白雪姫」の話は昔、私が小さい頃に絵本を読んでもらった記憶が有る程度で、我が家は息子二人だったので、白雪姫の絵本を買い与えた記憶が無い。映画を観ながら、物語の内容が私の記憶とかなりかけ離れていた。
たまたま我が診療室には子供連れのお母様が診療に来られた場合、お子様が退屈しない様に、アニメマンガのDVDを幾つか備えている。その中に1937年ウォルトディズニー製作の「白雪姫と7人の小人」が有ったので、映画を観て帰った後、直ぐDVDを観た。
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 『「白雪姫」の継母の王妃が鏡に向かって「世界中で一番美しい女性は?」と問いかけると鏡がそれは「白雪姫」だと答える。自分が一番だと信じている王妃は怒りのあまり白雪姫を殺すように猟師に命じるが、そのことを知った白雪姫は森に逃げ込み、そこで7人の小人に出会い、楽しく暮らす。しかし王妃がまだ白雪姫が生きていることを知って、王妃はりんご売りのおばあさんに変身して毒りんごを言葉巧みに「白雪姫」に食べさせる。そして永い間眠ってしまうが、王子様が現れ、白雪姫に口付けをすると目を覚まし、その後王子様と仲むつまじく過ごす』という話だった。もっとも魔女が最後にどうなったのかは覚えていなかったが、アニメでは、雷に打たれて谷底に落ちて死んだようである。
しかし今回のスノーホワイトは所々同じような話にはなっていたが、大胆なアレンジが加えられていた。パンフレットから引用すれば
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 『スノーホワイトは、マグナス王と王妃に大切に育てられた、外見だけでなく、その心も清らかで美しいプリンセス。しかし母亡きあと、新しい王妃に迎えられたラヴェンナに父王を殺された彼女は、国を乗っ取られ、7年間の幽閉生活を送ることになる。やがて、王宮を脱出したスノーホワイトは森の中へ逃亡。彼女を捕らえるためにラヴェンナ女王が放った刺客のハンター、エリックと手を組み危険をかわしながら、たくましく生きる能力を身につけていく。
一方、「スノーホワイトの心臓を口にすれば、永遠の若さと美貌が手に入る」と魔法の鏡に告げられた女王は、あの手この手でスノーホワイトを追跡し、罪の無い命と自然を破壊していく。すべては自分のせいと心を痛め、たとえ地の果てまで逃げても女王の魔の手から逃れられないと悟ったスノーホワイトは、抵抗軍を組織し、女王を倒すべく、進軍を開始する。
狩や剣のテクニックを身につけ、凛々しく変貌を遂げていくスノーホワイトにスポットを当てた物語は“新時代の白雪姫“と呼ぶにふさわしい斬新な魅力に満ちている』とある。
 この映画では小人は最初8人だが途中戦いの中で一人死ぬが、7人は最後まで生き抜く。また女王ラヴェンナは戦いに敗れて死ぬなど、DVDのお話とはかけ離れている。映像はCGなどを使い現代的であり、ある意味コンピュターゲームの中の物語かとも思った。
ただのラブストーリーではなく、現代にマッチしたエンタテイメントと感じた。
 ところで1937製作の「白雪姫と7人の小人」はかすかな記憶をたどると、多分昭和28年(?)頃、尾道駅前の映画館で春休みに上映していたのでは無いかと思う。まだ小学校に上がる前だったが母親からお金をせびって、一人で向島の宇立から塩田の中の道を歩いて駅前渡船まで行き、渡し舟に乗って映画館に行った(片道5キロくらいかな?)。しかし、5円か10円か不足していたため、入れてもらえなくてべそをかきながら帰った記憶が有る。今回たまたまその時の映画をDVDで観たのだと思う。
私の時代は、7歳くらいでも、親に連れられて映画などは観に行かなかった。車もほとんど走っていなかったので危なくなかったのであろう。また貧しかったから親までお金を払って観る経済的余裕がなったのであろう。今時では考えられない。そんな切ない記憶をスノーホワイトは思い出させてくれた。

2012年07月05日

ごぼう茶

 我が家ではここ3〜4ヶ月食卓に「ごぼう」の料理が多く出てくる。もともと、我が家の味噌汁は具だくさんなのだがやたらと「ごぼう」の具が目立つ。またきんぴらごぼうも最近は良く出ている。
 そして何やら泥臭いお茶のようなものまで飲まされる。家内が言うには「ごぼう茶」だと言う。
どこかで聞いてきたのか、本で見たのか、TVで観たのか知らないが、「ごぼう」が老化防止(アンチエイジング)に役立ち、若さが保てると情報を仕入れてきたのが始まりのようである。
 スーパーなどに一緒に出かけると必ず「ごぼう」を購入し、そして家に帰ると早速、「ごぼう」を洗った後、袈裟懸けに切って天日で2日ほど干している。それを土瓶でぐつぐつ煮て、多分煎じていると表現したほうがいいのかもしれないが、「ごぼう茶」なるものを作っている。
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      天日干し                         出来たごぼう茶の素
 確かに「ごぼう」は繊維質が多く、便秘などには効くと聞いたことが有る。
改めてネットで調べると、そのほかにダイエット、肥満予防、糖尿病予防、コレステロールを抑える、利尿効果、強壮効果、貧血予防、肩こり・冷え性予防、抗酸化作用(美肌効果)、動脈硬化予防、消炎作用・高血圧改善・風邪予防・大腸がん予防・肝機能促進など多くの効用があるのに驚いた。
これだけの効用があるのなら、黙って家内のすることにしたがっているほうが健康に良いかと思われる。
先日も家内が出かけた際、お土産に「ごぼうせんべい」や「山ごぼうの醤油漬」のようなものも買ってきていた。
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 ところで私の診療室の後ろの畑にやたらと大きく背の高い立派な植物がある。
冬を越し、春ごろからめきめき大きくなって今では私の背丈を越えるぐらいまで成長、何やら棘のような房の中に赤紫の花のようなものを付けている。
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     ごぼう                      ごぼうの花
産まれて始めて見るものである。何だろうと興味を持ってみていたが、畑の持ち主の方に植物の名前を聞いたところ、「ごぼう」だという。地下茎の「ごぼう」は知っていても地上の茎や花など知らない、その方は種を採るために抜かないで置いていたとの事。
この生命力の強さを見せ付けられると「ごぼう」の色々の効果もあながち嘘ではないとうなずける気がした。

2012年06月26日

ブログアクセス

 私のブログは2007年8月23日が初出であり、日々の生活の合間、あいまで278個の話題を書いた。大雑把に計算すれば1週間に一件程度である。
今日現在、約5年間で17796件のアクセスであり大まかに計算すれば一日辺り10件程度、1話題当たり64件程度である。いかに低調かがわかる。人気ブログなどは1日に何千件もアクセスが有ると聞いている。
 もっとも先月、5月18日に書いた「産まれて初めての広島カープ観戦」では1日に1243件のアクセスがあり信じられないアクセス数に驚いた。ブログのタイトルにも「広島カープ」などキーワードが必要で、中身は世間様の求めているもを書かないと読んでもらえないのだと思った。
仕事も仕事だし、余りにも自己中的なことばかり書いているので仕方ないのかと思っている。しかし私の日常生活の中から話題を探すとなれば、結局の所この程度のブログになるのであろう。
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 ところでブログにコメントをいただくことがあるが、中にはエッチな怪しいコメントがあったりして、気が付けば直ぐ削除している。それ以外の好意的なコメントは5年間で53件である。
 その中で先日驚くべき書き込みがあり、びっくりしている。
2009年9月3日に「ケチャップ」という題でケチャップという名の起こりについて書いたことがある。このブログの中でケチャップという発音について、私の母方の大伯父・東方孝義が書いた「台日新辞書」の中に書かれている内容を紹介した。ところがつい先日、突然に大伯父の孫と名乗られるTさんからコメントをいただきびっくりした。

『はじめまして^^さいだ様が過去にお書きになった東方孝義の孫です。 親戚なんですね。母シゲ子とさいだ様のお母様は知り合いのようですね。 【縁】が時間の波にさらわれちゃう前に発見できてなんだかうれしいです』
私にとっては二従兄弟に当たる方のようだ。その方がどのようにして私のブログにたどり着かれたのか判らないが、本当にこの様な事が現実にあることに驚いている。私の知らない所に、いくばくか血の繋がった人、縁続きの人がいるということに不思議さを感じた。
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 ブログの書き込みなのでTさんが何処にお住まいなのか解らない。また私の母はすでに他界し、今更Tさんのことを聞き出す術も無いが、チャンスがあればお会いしてみたいものである。
 今回、自分のブログについて振り返って見たところ、いかに私が狭い範囲でしか生活していないか、また面白みの無い人間だと気が付いた。
少しは変わらなくてはなるまいな。

2012年06月18日

「ウインドーズ I E9」は欠陥品?

 私のPCはウインドーズー・ヴィスタである。今のメイン機種の1世代前だ。はっきり何日だったか忘れたが5月の終わり頃、突然インタネットの画面が出なくなる。何度クリックしても上下のツールバーは出るのだがweb画面が表示される部分だけ真っ白。
しかもそのツールバーは今までとは少し違った配列になっている。
 Yahoo!をホームページにしているのだが、上のバーにYahoo Japan!のタブだけが出て接続していると思われる青い円がぐるぐる廻るのだがそれが終わってもWeb画面が出ない。他のページをだしても真っ白で同じである。カーソルは動くので少なくともPCがフリーズしているとは思えない。
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 仕方なくYahoo!を止めてGoogle Chrome を使うと普通にインターネットが出来る。とりあえず検索はこれで出来るし、ブログもこれで出来る。ところがメルマガなどでURLを貼り付けてくるものを見ようとクリックするとまた同じ現象が起きてアクセスできない。最初の頃は復元ポイントから復元させるととりあえず見えるのだが、次の日になるとまた同じ状態になる。
そんなことを繰り返していたが全く埒が明かない。
 それで、今日は休診日だったので乏しい知識をフル活用して朝から何回も挑戦する。パソコンに少し詳しい人に電話で聞いてみるとそのような話は聴いたことが無いとか?
それでもセーフティーモードでやって見たらとアドバイスを受ける。
そこでセーフティーモードに切り替えてやると、とりあえず今までの画面が出てくる。
そこでインターネットに関する接続やセキュリティーなど思いつくものすべてをクリックして確認するが、全くわからない。そこでどこかパソコン専門店が無いかと思い考えた所、家内が「いしい」のお弁当屋さんがインターネットを確かやっているから聞いてみたらと言う。
そういえば以前、尾道市歯科医師会のホームページを作っていただいた、「いしい」の弁当屋さんの子会社「コムショット尾道」を思い出し、パソコンを持ち込む。
症状を話し、見て貰ったが、そのお店の人にとっても初めての現象のようであった。色々、私がしたと同じ事をしながら調べてくれた。なかなか原因が突き止められない。それと同時にお店のPCで「インターネットの画面が出ない」という言葉で検索をかけて調べた所、インターネットエクスプローラー9(IE9)で同様な状況が起こると言う書き込みがあった。どうやらIE9に問題がありそうだと判る。
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 私のPCはプログラムを自動更新する設定になっており、勝手にIE8からIE9になったものと思われる。そこでIE9をアンインストールしてもらい、IE 8を再度インストールしてもらう。
さらにパソコンを自動更新から手動更新に設定し直してもらった。それ以後はスムーズにインターネット画面が出る。どうやらIE9は私のPCとは相性が悪く欠陥品では無いのだろうか?
少し費用は掛かったが、今までのイライラ感から開放されたことで大いに助かった。

2012年06月14日

映画「11・25 自決の日」を観て

 先日若松孝二監督の映画「11・25 自決の日」を観た。三島由紀夫が1970年(昭和45年)11月25日に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室で森田必勝ら「楯の会」メンバー4人で総監を人質に籠城し、バルコニーから自衛隊の決起、クーデターを促す演説をした直後、総監室で割腹自決した事実をその
時代背景と三島氏の思想から迫った映画であった。
 ところで 9・11、3・11、11・25と11が並ぶと何か事件が起こるのであろうか?
この事件はまだ私が大学の実験室で修士論文の研究にいそしんでいた時で、研究室のラジオから、臨時ニュースを聞いて大いに驚いたことを覚えている。
しかしノーベル文学賞候補の三島由紀夫氏が何故そんなことをしたのか当時の私には理解が出来なかった。時折読む週刊誌でかっこいい制服を着ている「楯の会のメンバー等」の写真は見ていたし、事件後の週刊誌に自決現場の衝撃的な写真が載っていた。しかしその事件の背景などには余り興味も無かった。
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 映画パンフレットの〈STORY〉によれば『「仮面の告白」「金閣寺」「憂国」など、次々に話題作を発表し、人気絶頂にあった文豪・三島由紀夫。時は学生運動全盛期。三島は文筆の傍ら、民族派の若者達を組織化し、有事の際には自衛隊と共に決起すべく訓練に励む。しかし、警察権力の前に、自衛隊は出動の機会すら得られない情況が続き、苛立ちを募らせる三島と楯の会の若き隊員たち。そして、ついに決断の時が訪れる・・・・・』とある。
 昭和44年頃は新左翼系の学生運動が激しく私が在籍していた広島大学でも大学封鎖が行われ、合同卒業式は無く各学部で行われた。工学部生だった私は、機械科の実験棟で立ったままの卒業式であった。また卒業証書には学長の名前が無く、学長代行と記されている。
 このたび映画を観て日本国が「赤化して行くのではないか」という恐れを持ち、国を守るべき自衛隊が国軍としての役割が担えない事に対する苛立ち、象徴天皇制への反発などがあって三島氏が決起したのではと少し理解が出来た気がする。映画では自衛隊を決起させ国会に乗り込み憲法改正を迫るのだとしていた。当時のニュース映像を所々に配し三島氏の考えを補完している様だった。バルコニーでの演説は当初30分の予定であったが、自衛隊員の野次と怒号で7分間で中断された。恐らく彼は絶望の淵に立ったまま自決したのであろう。その後40年以上が経過したが当時と今と状況は何も変わってはいないようだ。
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 その日にもう1本「ファイナル・ジャッジメント」という宗教法人「幸福の科学」が製作した映画を観た。この映画はアジアの大国オウラン国が日本を占領し、日本国がオウラン国の極東省になる話から始まっていた。それを新しい救世主が現れて日本を救うというお話でしたが、私が気になったのは、宗教の話ではなく、日本国が占領されるという問題。
 恐らく多くの方は映画のストーリだと思われるでしょうが、ネットの世界ではそうでもないようなことが多く書き込まれています。
中国外務省からの流出地図といわれる2050年の中国人民共和国地図がありますが、そこには名古屋から以西は中華人民共和国東海省と明記され、それより東は日本自治区と書かれている。この地図と映画が妙に私の心に引っかかった。
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   2050年極東マップ           赤い部分がメタンハイドレード分布図
 日本が半分しか中国のものになっていないのは、後38年間で日本人全部を抹殺できないこと、また名古屋より西側の南海トラフには大量のメタンハイドレード等の資源が豊富にあるためそれを採掘するのに中国領土のほうが便利が良いとネットには書き込まれている。
 映画や地図は架空のことかも知れないが、2本の映画に共通するものは日本国の今後のありようを考える時が来たことを暗示しているのかも知れない。

2012年06月07日

映画「ファミリーツリー」を観て

 昨日映画「ファミリーツリー」を観た。本年度アカデミー賞・脚色賞を獲得した作品である。ハワイに行ったことの無い私にとってはハワイの風景と壮大な自然、そしてバックに流れるハワイアン音楽、なんとも居心地の良い設定であった。
 しかし物語は「リアルな人間模様・家族の絆、家族の愛」とはを問いかけるもので有った。
 「ハワイ暮らしはパラダイスだろうって、皆言うけど 酒飲んでサーフィンしまくってるんだろうって、羨ましがるけどとんでもない! サーフィンなんて15年もしていない!!」そんな主人公マット・キングの言葉から始まる。
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 ストリーをパンフレットから引用すれば 『弁護士のマット・キングは、誰もがうらやむ人生を送っていた。ところが、突然の転機が降りかかる。妻は事故で昏睡状態。なんと彼女には恋人がいた。二人の娘は反抗的で手に負えない。さらにカメハメハ大王の血を引く祖先が遺した、広大な土地の売却問題もあった。マットは娘たちを連れて、もういちど自分の人生と向き合い、失いかけた絆を取り戻す旅にでるのだが・・・。
 毎日の仕事や日々の雑事に追われているうちに、どこかに置き忘れてしまった大切なもの。あなたにも、ありませんか? 最近、家族や友達とじっくり話せてない。夫に妻に恋人に「ありがとう」と伝えていない・・・そんな心当たりがあれば、マットの気持ちが分かるはず。
 雄大な土地からパワーをもらい、自分のルーツを見つけ、妻のために彼女の恋人を訪ねる・・・喜びと悲しみと切なさがたくさん詰まった旅の果てに、マットがたどり着いた〈最初で最後の大いなる決断〉。それは、何でもない一日を愛し続ければ、何があっても人は必ず立ち直れると、観る者のすべてを励ましてくれる。
きっとあなたも映画館を出たら、今すぐ大切な人を抱きしめるために、家路を急ぎたくなるはず。』と書いてあった。
 私も家内からはいつも「仕事人間で仕事が恋人でしょう」と言われる。映画を観ながら少し反省させられた。しかし映画鑑賞はほとんど家内と一緒に出かけており、マットほどではないだろうと自負している。
またマットが土地売買で決断をしたときファミリーツリーの意味 それは、「大地に根を張り、受け継がれる家族の系譜」を理解できた。

 ところでこの5月には他に「ももへの手紙」、「HOME 愛しの座敷わらし」、「幸せの教室」と「テルマエ・ロマエ」の4本を観た。
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「ももへの手紙」、「愛しの座敷わらし」は期せずして《家族の絆、家族の愛》にスポットを当てた作品で、「ファミリーツリー」に通じるものがある。日本の映画とアメリカ映画での《家族の絆・家族愛》が比較が出来たような気もした。とりわけ「ももへの手紙」はアニメではあるが舞台が広島県大崎下島の御手洗地区をモデルに描かれている。
 実は大崎下島は家内が教員になって始めて赴任した(大崎高校下島分校・・・今はすでに廃校)場所でもあり、私も何度か訪れていて、アニメに出てくる町並みなどかなり忠実にえがかれており、ストーリーの他に少し違った思いで鑑賞した。「愛しの座敷わらし」も映像が凄く綺麗でそれだけでも十分心が癒された。

2012年05月27日

産まれて初めての広島カープ野球観戦

 先日5月17日にマツダズームズームスタジアム広島でカープと楽天の交流第2戦を歯科医師会の先生方と一緒に観戦した。
実は恥ずかしい話だが、野球観戦は生まれて以来今回で2度目である。一回目は私が高1の昭和37年8月11日に今はもう取り壊された東京スタジアムで当時の南海ホークスと大毎オリオンズのナイターを叔父に連れられて観に行った。このときの勝敗は私の日記によれば大毎11点、南海7点で大毎の勝利と書いてあった。何しろ今回はそれ以来である。
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 広島県に住んでいながら、しかも65歳を超えているのに、また観ようと思えばいつでも観れるのに、カープの試合は1度も観たことが無かった。ただTVの野球中継も、最初から最後まで観ることは無く、せいぜい30分程度観るだけである。そのため根っから野球が好きでたまらないと言うほどでは無いようだ。そのくせ新聞のスポーツ欄ではカープ情報を見ており、自分の中では少なくともカープの隠れファンぐらいとは思っている。
 ところで観戦した場所は3塁側中二階のラグジュアリーフロアという部屋を借り切って戦した。一緒に行った先生が字を読み間違えてランジェリールームだと思っていたとか。下着姿の女性でも出てきてサービスしてくれるのかと思ったとお話をされ、一同大笑いとなった。
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 今年のカープは5月、鯉のぼりの季節だというのに勝ち星から見放され、前日の16日には打ったヒットがたった1本で1:0で交流戦初戦を落としていた。そんな中、1回表いきなりノーヒットでフォアボール押し出しで1点取られ嫌な予感を持ちながら観戦した。結果はどうにか4:1でカープが久々に勝った。それにしても私にとっては観ること聞くことすべてが新鮮であった。
ビールを飲み、つまみをつまみながら、大声を張り上げて観戦しているとストレス解消となった。
下の一般席ではビールのサーバーを抱えた女の子達が生ビールを売っていたり、7回裏カープの攻撃が始まる前に皆が一斉にゴム風船を飛ばすシーン等目を見張った。
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 またバックスクリーのスコアボードなども非常に見やすく、しかも大型スクリーンが取り付けられて、ヒットが出ればその時の再生映像を流したり、イニングの合間に抽選会の当選番号のお知らせなどをやっていて観客を飽きさせない工夫がなされておりびっくりである。また一度地面に落ちたボールは使わないで常に新しいボールが提供されていたこと、またファーウルボールを観客が拾えばお持ち帰りどうぞである。一昔前ならボールボーイが集めて廻っていたように記憶している。
この場面だけでも日本が豊かになっていることを自覚した。
そして球場の芝生の綺麗なこと、びっくりであった。こんなに綺麗で楽しいのなら今後は球場に足を運んでも良いのではと思った。

2012年05月18日

「医院内リニューアル」オープン

 先月4月26日から5月6日まで院内改装のため休診をした。開業して25年半経ち、床がぷかぷかしたり、壁のクロスが黒ずんで来て、何と無く古ぼけた感じになり思い切って改装をした。また開業以来の治療椅子も1台が残っており、それを最新式のに買い換えた。
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  今までの診療室                       撤去した所
 全体的に床がへたっていたので床をはがし、垂木を入れて補強した。
クロネコヤマトさんのタイムリーサービスを利用して診療室にある総てのものを運び出し一時保管をしてもらった。5〜6人が来て荷造りをし、また改装が終わってから運んできて荷解きをしてくれ、家具などは埃りを綺麗に掃除してから設置していただいたので、私を含め従業員一同多いに楽をした。
 「普請疲れと」いう言葉があるが私は正にそんな感じが今している。
改装中は大工さんや、クロス屋さん、家具屋さん、床を張る人など毎日大勢の職人さんが来て仕事をしてもらった。工務店の方がうまく作業の段取りをして下さったので予定通り済んだ。10時のお茶や、3時のお茶などを出しながら、職人さん達と話したり、職人技などに見惚れたりし、途中気が付いたところを変更してもらったりと、毎日が大変だった。ALSOKを掛けるため最後の時間まで付き合う。受付けカウンターの塗装の時は午前2時半まで付き合った。お陰で良い仕上がりになった。
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  床・クロスをリニューアル                 最新式チエアー
 今回の改装で一番の目玉は節電対策として診療室と待合室の窓ガラスにフィルムを張ったことである。このフィルムは一部遮光性があり、冷房や暖房時の熱の出入りをカットしてくれて冷房費や暖房費を削減してくれるとのこと。
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   鏡のように映る窓ガラス             鏡のように映る窓ガラス
 フィルムを窓ガラスに張った所、暗いほうから明るいほうは良く見えるが逆は見えにくい。そのため昼間、外からは中の様子が余り見えない。しかも窓が鏡のようになって外の風景を映し出している。逆に夜は外から中が良く見える。そして夜仕事をしていると、昼間とは反対に窓に我々の姿が良く映り、鏡ばりの中で仕事をしている錯覚に陥いる。
今年の夏、日本各地で節電が叫ばれておりこのフィルムの需要が多くやっと確保できた経緯がある。
 リニューアルオープンして患者様から綺麗になったねとか、床が木目調になって落ち着いた感じになったとか、フィルムを張ったことで中に差し込む光が柔らかくなった等、概ね良好なご感想をいただきほっとしている。
 従業員一同、気を新たに、仕事に励み、患者様にご満足いただけるよう取り組んでいきますので今後ともさいだ歯科医院を可愛がっていただければ幸いです。

2012年05月10日

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