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大先生(元院長)のブログ

「ウインドーズ I E9」は欠陥品?

 私のPCはウインドーズー・ヴィスタである。今のメイン機種の1世代前だ。はっきり何日だったか忘れたが5月の終わり頃、突然インタネットの画面が出なくなる。何度クリックしても上下のツールバーは出るのだがweb画面が表示される部分だけ真っ白。
しかもそのツールバーは今までとは少し違った配列になっている。
 Yahoo!をホームページにしているのだが、上のバーにYahoo Japan!のタブだけが出て接続していると思われる青い円がぐるぐる廻るのだがそれが終わってもWeb画面が出ない。他のページをだしても真っ白で同じである。カーソルは動くので少なくともPCがフリーズしているとは思えない。
           P6140046-1.jpg
 仕方なくYahoo!を止めてGoogle Chrome を使うと普通にインターネットが出来る。とりあえず検索はこれで出来るし、ブログもこれで出来る。ところがメルマガなどでURLを貼り付けてくるものを見ようとクリックするとまた同じ現象が起きてアクセスできない。最初の頃は復元ポイントから復元させるととりあえず見えるのだが、次の日になるとまた同じ状態になる。
そんなことを繰り返していたが全く埒が明かない。
 それで、今日は休診日だったので乏しい知識をフル活用して朝から何回も挑戦する。パソコンに少し詳しい人に電話で聞いてみるとそのような話は聴いたことが無いとか?
それでもセーフティーモードでやって見たらとアドバイスを受ける。
そこでセーフティーモードに切り替えてやると、とりあえず今までの画面が出てくる。
そこでインターネットに関する接続やセキュリティーなど思いつくものすべてをクリックして確認するが、全くわからない。そこでどこかパソコン専門店が無いかと思い考えた所、家内が「いしい」のお弁当屋さんがインターネットを確かやっているから聞いてみたらと言う。
そういえば以前、尾道市歯科医師会のホームページを作っていただいた、「いしい」の弁当屋さんの子会社「コムショット尾道」を思い出し、パソコンを持ち込む。
症状を話し、見て貰ったが、そのお店の人にとっても初めての現象のようであった。色々、私がしたと同じ事をしながら調べてくれた。なかなか原因が突き止められない。それと同時にお店のPCで「インターネットの画面が出ない」という言葉で検索をかけて調べた所、インターネットエクスプローラー9(IE9)で同様な状況が起こると言う書き込みがあった。どうやらIE9に問題がありそうだと判る。
            P6140036-1.jpg 
 私のPCはプログラムを自動更新する設定になっており、勝手にIE8からIE9になったものと思われる。そこでIE9をアンインストールしてもらい、IE 8を再度インストールしてもらう。
さらにパソコンを自動更新から手動更新に設定し直してもらった。それ以後はスムーズにインターネット画面が出る。どうやらIE9は私のPCとは相性が悪く欠陥品では無いのだろうか?
少し費用は掛かったが、今までのイライラ感から開放されたことで大いに助かった。

2012年06月14日

映画「11・25 自決の日」を観て

 先日若松孝二監督の映画「11・25 自決の日」を観た。三島由紀夫が1970年(昭和45年)11月25日に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室で森田必勝ら「楯の会」メンバー4人で総監を人質に籠城し、バルコニーから自衛隊の決起、クーデターを促す演説をした直後、総監室で割腹自決した事実をその
時代背景と三島氏の思想から迫った映画であった。
 ところで 9・11、3・11、11・25と11が並ぶと何か事件が起こるのであろうか?
この事件はまだ私が大学の実験室で修士論文の研究にいそしんでいた時で、研究室のラジオから、臨時ニュースを聞いて大いに驚いたことを覚えている。
しかしノーベル文学賞候補の三島由紀夫氏が何故そんなことをしたのか当時の私には理解が出来なかった。時折読む週刊誌でかっこいい制服を着ている「楯の会のメンバー等」の写真は見ていたし、事件後の週刊誌に自決現場の衝撃的な写真が載っていた。しかしその事件の背景などには余り興味も無かった。
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 映画パンフレットの〈STORY〉によれば『「仮面の告白」「金閣寺」「憂国」など、次々に話題作を発表し、人気絶頂にあった文豪・三島由紀夫。時は学生運動全盛期。三島は文筆の傍ら、民族派の若者達を組織化し、有事の際には自衛隊と共に決起すべく訓練に励む。しかし、警察権力の前に、自衛隊は出動の機会すら得られない情況が続き、苛立ちを募らせる三島と楯の会の若き隊員たち。そして、ついに決断の時が訪れる・・・・・』とある。
 昭和44年頃は新左翼系の学生運動が激しく私が在籍していた広島大学でも大学封鎖が行われ、合同卒業式は無く各学部で行われた。工学部生だった私は、機械科の実験棟で立ったままの卒業式であった。また卒業証書には学長の名前が無く、学長代行と記されている。
 このたび映画を観て日本国が「赤化して行くのではないか」という恐れを持ち、国を守るべき自衛隊が国軍としての役割が担えない事に対する苛立ち、象徴天皇制への反発などがあって三島氏が決起したのではと少し理解が出来た気がする。映画では自衛隊を決起させ国会に乗り込み憲法改正を迫るのだとしていた。当時のニュース映像を所々に配し三島氏の考えを補完している様だった。バルコニーでの演説は当初30分の予定であったが、自衛隊員の野次と怒号で7分間で中断された。恐らく彼は絶望の淵に立ったまま自決したのであろう。その後40年以上が経過したが当時と今と状況は何も変わってはいないようだ。
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 その日にもう1本「ファイナル・ジャッジメント」という宗教法人「幸福の科学」が製作した映画を観た。この映画はアジアの大国オウラン国が日本を占領し、日本国がオウラン国の極東省になる話から始まっていた。それを新しい救世主が現れて日本を救うというお話でしたが、私が気になったのは、宗教の話ではなく、日本国が占領されるという問題。
 恐らく多くの方は映画のストーリだと思われるでしょうが、ネットの世界ではそうでもないようなことが多く書き込まれています。
中国外務省からの流出地図といわれる2050年の中国人民共和国地図がありますが、そこには名古屋から以西は中華人民共和国東海省と明記され、それより東は日本自治区と書かれている。この地図と映画が妙に私の心に引っかかった。
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   2050年極東マップ           赤い部分がメタンハイドレード分布図
 日本が半分しか中国のものになっていないのは、後38年間で日本人全部を抹殺できないこと、また名古屋より西側の南海トラフには大量のメタンハイドレード等の資源が豊富にあるためそれを採掘するのに中国領土のほうが便利が良いとネットには書き込まれている。
 映画や地図は架空のことかも知れないが、2本の映画に共通するものは日本国の今後のありようを考える時が来たことを暗示しているのかも知れない。

2012年06月07日

映画「ファミリーツリー」を観て

 昨日映画「ファミリーツリー」を観た。本年度アカデミー賞・脚色賞を獲得した作品である。ハワイに行ったことの無い私にとってはハワイの風景と壮大な自然、そしてバックに流れるハワイアン音楽、なんとも居心地の良い設定であった。
 しかし物語は「リアルな人間模様・家族の絆、家族の愛」とはを問いかけるもので有った。
 「ハワイ暮らしはパラダイスだろうって、皆言うけど 酒飲んでサーフィンしまくってるんだろうって、羨ましがるけどとんでもない! サーフィンなんて15年もしていない!!」そんな主人公マット・キングの言葉から始まる。
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 ストリーをパンフレットから引用すれば 『弁護士のマット・キングは、誰もがうらやむ人生を送っていた。ところが、突然の転機が降りかかる。妻は事故で昏睡状態。なんと彼女には恋人がいた。二人の娘は反抗的で手に負えない。さらにカメハメハ大王の血を引く祖先が遺した、広大な土地の売却問題もあった。マットは娘たちを連れて、もういちど自分の人生と向き合い、失いかけた絆を取り戻す旅にでるのだが・・・。
 毎日の仕事や日々の雑事に追われているうちに、どこかに置き忘れてしまった大切なもの。あなたにも、ありませんか? 最近、家族や友達とじっくり話せてない。夫に妻に恋人に「ありがとう」と伝えていない・・・そんな心当たりがあれば、マットの気持ちが分かるはず。
 雄大な土地からパワーをもらい、自分のルーツを見つけ、妻のために彼女の恋人を訪ねる・・・喜びと悲しみと切なさがたくさん詰まった旅の果てに、マットがたどり着いた〈最初で最後の大いなる決断〉。それは、何でもない一日を愛し続ければ、何があっても人は必ず立ち直れると、観る者のすべてを励ましてくれる。
きっとあなたも映画館を出たら、今すぐ大切な人を抱きしめるために、家路を急ぎたくなるはず。』と書いてあった。
 私も家内からはいつも「仕事人間で仕事が恋人でしょう」と言われる。映画を観ながら少し反省させられた。しかし映画鑑賞はほとんど家内と一緒に出かけており、マットほどではないだろうと自負している。
またマットが土地売買で決断をしたときファミリーツリーの意味 それは、「大地に根を張り、受け継がれる家族の系譜」を理解できた。

 ところでこの5月には他に「ももへの手紙」、「HOME 愛しの座敷わらし」、「幸せの教室」と「テルマエ・ロマエ」の4本を観た。
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「ももへの手紙」、「愛しの座敷わらし」は期せずして《家族の絆、家族の愛》にスポットを当てた作品で、「ファミリーツリー」に通じるものがある。日本の映画とアメリカ映画での《家族の絆・家族愛》が比較が出来たような気もした。とりわけ「ももへの手紙」はアニメではあるが舞台が広島県大崎下島の御手洗地区をモデルに描かれている。
 実は大崎下島は家内が教員になって始めて赴任した(大崎高校下島分校・・・今はすでに廃校)場所でもあり、私も何度か訪れていて、アニメに出てくる町並みなどかなり忠実にえがかれており、ストーリーの他に少し違った思いで鑑賞した。「愛しの座敷わらし」も映像が凄く綺麗でそれだけでも十分心が癒された。

2012年05月27日

産まれて初めての広島カープ野球観戦

 先日5月17日にマツダズームズームスタジアム広島でカープと楽天の交流第2戦を歯科医師会の先生方と一緒に観戦した。
実は恥ずかしい話だが、野球観戦は生まれて以来今回で2度目である。一回目は私が高1の昭和37年8月11日に今はもう取り壊された東京スタジアムで当時の南海ホークスと大毎オリオンズのナイターを叔父に連れられて観に行った。このときの勝敗は私の日記によれば大毎11点、南海7点で大毎の勝利と書いてあった。何しろ今回はそれ以来である。
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 広島県に住んでいながら、しかも65歳を超えているのに、また観ようと思えばいつでも観れるのに、カープの試合は1度も観たことが無かった。ただTVの野球中継も、最初から最後まで観ることは無く、せいぜい30分程度観るだけである。そのため根っから野球が好きでたまらないと言うほどでは無いようだ。そのくせ新聞のスポーツ欄ではカープ情報を見ており、自分の中では少なくともカープの隠れファンぐらいとは思っている。
 ところで観戦した場所は3塁側中二階のラグジュアリーフロアという部屋を借り切って戦した。一緒に行った先生が字を読み間違えてランジェリールームだと思っていたとか。下着姿の女性でも出てきてサービスしてくれるのかと思ったとお話をされ、一同大笑いとなった。
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 今年のカープは5月、鯉のぼりの季節だというのに勝ち星から見放され、前日の16日には打ったヒットがたった1本で1:0で交流戦初戦を落としていた。そんな中、1回表いきなりノーヒットでフォアボール押し出しで1点取られ嫌な予感を持ちながら観戦した。結果はどうにか4:1でカープが久々に勝った。それにしても私にとっては観ること聞くことすべてが新鮮であった。
ビールを飲み、つまみをつまみながら、大声を張り上げて観戦しているとストレス解消となった。
下の一般席ではビールのサーバーを抱えた女の子達が生ビールを売っていたり、7回裏カープの攻撃が始まる前に皆が一斉にゴム風船を飛ばすシーン等目を見張った。
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 またバックスクリーのスコアボードなども非常に見やすく、しかも大型スクリーンが取り付けられて、ヒットが出ればその時の再生映像を流したり、イニングの合間に抽選会の当選番号のお知らせなどをやっていて観客を飽きさせない工夫がなされておりびっくりである。また一度地面に落ちたボールは使わないで常に新しいボールが提供されていたこと、またファーウルボールを観客が拾えばお持ち帰りどうぞである。一昔前ならボールボーイが集めて廻っていたように記憶している。
この場面だけでも日本が豊かになっていることを自覚した。
そして球場の芝生の綺麗なこと、びっくりであった。こんなに綺麗で楽しいのなら今後は球場に足を運んでも良いのではと思った。

2012年05月18日

「医院内リニューアル」オープン

 先月4月26日から5月6日まで院内改装のため休診をした。開業して25年半経ち、床がぷかぷかしたり、壁のクロスが黒ずんで来て、何と無く古ぼけた感じになり思い切って改装をした。また開業以来の治療椅子も1台が残っており、それを最新式のに買い換えた。
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  今までの診療室                       撤去した所
 全体的に床がへたっていたので床をはがし、垂木を入れて補強した。
クロネコヤマトさんのタイムリーサービスを利用して診療室にある総てのものを運び出し一時保管をしてもらった。5〜6人が来て荷造りをし、また改装が終わってから運んできて荷解きをしてくれ、家具などは埃りを綺麗に掃除してから設置していただいたので、私を含め従業員一同多いに楽をした。
 「普請疲れと」いう言葉があるが私は正にそんな感じが今している。
改装中は大工さんや、クロス屋さん、家具屋さん、床を張る人など毎日大勢の職人さんが来て仕事をしてもらった。工務店の方がうまく作業の段取りをして下さったので予定通り済んだ。10時のお茶や、3時のお茶などを出しながら、職人さん達と話したり、職人技などに見惚れたりし、途中気が付いたところを変更してもらったりと、毎日が大変だった。ALSOKを掛けるため最後の時間まで付き合う。受付けカウンターの塗装の時は午前2時半まで付き合った。お陰で良い仕上がりになった。
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  床・クロスをリニューアル                 最新式チエアー
 今回の改装で一番の目玉は節電対策として診療室と待合室の窓ガラスにフィルムを張ったことである。このフィルムは一部遮光性があり、冷房や暖房時の熱の出入りをカットしてくれて冷房費や暖房費を削減してくれるとのこと。
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   鏡のように映る窓ガラス             鏡のように映る窓ガラス
 フィルムを窓ガラスに張った所、暗いほうから明るいほうは良く見えるが逆は見えにくい。そのため昼間、外からは中の様子が余り見えない。しかも窓が鏡のようになって外の風景を映し出している。逆に夜は外から中が良く見える。そして夜仕事をしていると、昼間とは反対に窓に我々の姿が良く映り、鏡ばりの中で仕事をしている錯覚に陥いる。
今年の夏、日本各地で節電が叫ばれておりこのフィルムの需要が多くやっと確保できた経緯がある。
 リニューアルオープンして患者様から綺麗になったねとか、床が木目調になって落ち着いた感じになったとか、フィルムを張ったことで中に差し込む光が柔らかくなった等、概ね良好なご感想をいただきほっとしている。
 従業員一同、気を新たに、仕事に励み、患者様にご満足いただけるよう取り組んでいきますので今後ともさいだ歯科医院を可愛がっていただければ幸いです。

2012年05月10日

映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を観て

 先日、映画「マーガレット・サッチャー」を観た。封切りからかなりたっていたが、いつも観に行く映画館への配給が遅かったようだ。
英国史上初、かつ唯一の女性首相マーガレット・サッチャーは81歳、存命であるが、娘の回顧録で認知症に苦しんでいることが発表され世界中に衝撃が走った。
映画はその認知症を患うマーガレットのロンドンでの実生活を織り交ぜながら、彼女のこれまで辿ってきた政治家、妻としての半生を描き出していた。
 私は当時のTVなどから流れてくるニュースでは、「鉄の女」と呼ばれ強力なリーダーシップを発揮し、労働組合制度の改革、イギリス病といわれた低迷する経済の立て直し、そしてアルゼンチンとの間のフォークランド紛争を勝利し、国内のみならず、世界中に影響を与え続けたと受け止めていた。
しかし映画のサブタイトルは「鉄の女の涙」と書いてあり、涙の理由に迫ることがこの映画の主題だと思われた。
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 パンフレットによれば「これは単なる政治家の偉人伝ではない。妻として、母として、国のリーダーとして力の限り戦い続けたひとりの女性の感動の物語である。・・・・これだけの大事業をなすために彼女は愛する夫や子供たちとの時間を犠牲にし、たった一人で戦い続けた。深い孤独を抱えたまま。・・・
現在のロンドン。どんなに苦しい時も支え続けてくれた夫・デニスはすでに他界した。だがマーガレットは未だに夫の死を認識していないのか、時折不可解な行動が目立つ。思い出の洪水の中で、デニスの遺品を手に取り彼女はつぶやく。『教えて、あなたはしあわせだった?』」涙は政治一筋に走り抜けた彼女の半生に彼女が犠牲にしたものへの後悔の気持ちがあったのかも知れない。

 ところで彼女の政治の世界における決断力と実行力は本当に素晴らしい。現在の日本は「失われた20年」、「デフレ」と国内状況は当時のイギリスと同じ様なのに日本の政治家のつまらないこと、情けないこと、保身のみで動き回っている。
サッチャー氏のような決断力と実行力を持った政治家がいないのであろうか? 
 一昨年の尖閣諸島の事件でも弱腰外交でうやむやにしてしまう政治的センス、木もほとんど生えていない、南極近くの小島ひとつに対しても、自国の領土を脅かされれば英国民の血を流してでも守り抜くという信念・愛国心見習って欲しいものである。
 昨今、韓国が「日本海」を「東海」に改め、アメリカの教科書に載せるようにオバマ大統領に請願書を出しているが、この理由は日本海の中に竹島があれば自分達が不法占拠していることが外国にばれるのを隠すためだという学者もいる。
メルマガ発行をしている語学道場様が韓国の請願書に対して、日本でも請願をしようと運動されており先日私もアメリカ大統領府に署名を送った。
興味が有る方は下記URLから署名をしてみてください。
 http://gogakudojo.com/article9/index.html
 外務省のHPに竹島問題が載っており、そこには1801年から1860年までに発行された(日本では江戸時代に当たる)大英図書館とケンブリッジ大学にある世界地図58枚について調査したところ、「日本海」記載は50枚、「朝鮮海」が8枚で韓国が主張する「東海」は0枚で明らかに韓国が嘘の主張を続けていることがわかる。それでも「嘘も百回言えば真実になる」といわれているように、単にHPに載せたから良いとするのでなく、どんどんロビー活動や、断固とした態度をとらない限り、日本国そのものがいずれ他国より侵略されて無くなり、かってのユダヤ人のように流浪の民となるかも知れない。
恐らくサッチャーなら、国を守るために立ち上がるであろう。
 このところ各国で大東亜戦争前後の、外交文章などが公開されてきた。日本人はこれら資料を研究し、戦後の自虐史観を検証し、真実を求めなければならないとこの映画を観て思った。

2012年05月01日

映画「わが母の記」を観て

 今年のゴールデンウイークは診療室の改装を行っているため、診療は11連休である。ただ後片付けや、5月7日からの診療に備えての準備のため正味1weekとなる。毎日がいわゆる日曜日、退職すればこの連続になるのである。今まで毎日忙しくしていたのに何もすることが無いのは、結構しんどいものである。
何をしようかと思ってもこれというものが無い。そこで映画に出かける。
封切り当日の「わが母の記」を観に行く。これは井上靖の自伝的小説「わが母の記〜花の下・月の光・雪の表〜」を映画化したものである。
 井上靖の名前を知ったのは中学2年生のときNHKのドラマで「敦煌」を観た時に遡る。内容は余り記憶が無いが、物語の終わりごろ、戦になった時、西夏文字で書かれた仏典を大雁塔の壁に塗りこんで隠した場面が凄く印象に残っている。
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 「わが母の記」は第35回モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリ受賞作である。そのせいか、映画の題名や、俳優に英語が振られていた。
封切り日2回目の上映を観たのだが、観客の入りは8割くらいでいつもの映画に比べ多くの観客であった。そして驚いたことに観客の年齢層がほとんど私の年齢に近いということである。
パンフレットから引用させてもらうと
『小説家の伊上洪作は、幼少期に兄妹の中でひとりだけ両親と離れて育てられたことから、母に捨てられたという想いを抱きながら生きてきた。父が亡くなり、残された母の暮らしが問題となり、長男である伊上は、妻と琴子ら3人の娘たち、そして妹たちに支えられ、ずっと距離をおいてきた母・八重と向き合うことになる。老いて次第に失われてゆく母の記憶。その中で唯一消されることのなかった、真実。初めて母の口からこぼれ落ちる、伝えられなかった想いが、50年の時を超え、母と子をつないでゆく──。
家族だからこそ、言えないことがある。家族だからこそ、許せないことがある。それでも、いつかきっと想いは伝わる。ただ、愛し続けてさえいれば──。たとえ時代が変わり、社会が複雑になり、困難な未来が訪れても、家族の絆だけは変わらない。人と人との絆の大切さを知った今の時代にこそふさわしい、希望に満ちた普遍の愛の物語が、日本中を感動で包みます──。』とある。
 母・八重のまだらボケを樹木希林が上手に演じ、それに振り回される家族介護の難しさを感じた。今の時代なら介護保険などもあり少しは家族の手も解放されたであろうに。母・八重が死んだ時、八重を介護して看取った長女の志賀子を伊上洪作が電話でねぎらう事で、ぼけた母の仕打ちに耐えた志賀子の思いも開放された場面に安堵感を感じた。
 恐らくどの家庭でも親子の間にあるいは嫁姑の間、夫婦の間に少なからずの葛藤というものは存在するであろう。
 私は6年前に父を、そして2年前に母を送ったが、そこにはやはり私自身が生まれてからの色々の思いや恨み言もがあった。それでもこの映画のように何時しか恨み言も消え最後は素直に送り出せた。
 私の年齢層に近い人たちが多く見ていらっしゃったが、現在親の介護している人、すでに親を送り出した人、これから親の介護をしなくてはならない人、それぞれにとって、いろいろの思いを寄せることが出来る映画ではないかと思った。
本当にいい映画であった。

2012年04月29日

脳のMRI検査

 先日5年ぶりに脳のMRI検査に行く。極、たまに両手の小指辺りが痺れたような感じがしていた。問診を受けて症状を話した所、脳外科の先生は脳ではなく、ひょっとしたら頚椎の問題かも知れないと言われた。
しかし、脳の検査もしたほうが良いと思ってMRI検査をお願いした。検査には頭を固定されたまま30分ほどベットに寝てガタゴト・ガタゴト・ガーガという音を聴きながら検査された。
 終わって1時間ほど待って先生から検査結果の説明を受けた。結果は特に問題はなく、年相応の状態らしい。一部過去に梗塞した所が白い影となって映っていたがその面積は僅かであり5年前と比較して変化は無かった。また今のところ動脈瘤などは無いが、食事に気をつけて、コレステロール値が高くなら無い様に指導された。
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 その後、直線をまっすぐ歩けるか、片足立ち15秒、目を閉じて両手をまっすぐ出してその状態を維持できるか、目を閉じて手を伸ばした後、自分の鼻を触ることが出来るか、筆で触ったとき感じられるか、温度感覚があるか、視野など検査された。いずれも問題なかった。
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 ところがMRIの画像の中に右上顎洞の中に境界明瞭な大きな白い影を見つけた。5年前の画像にも映っており、大きさに変化は無いようである。先生にお聴きすると粘膜が肥厚しているのでは無いかと言われる。心配なら紹介状を書くと言われたが、少し忙しいのでまた今度にして欲しいといったが、やはり耳鼻科に行かなくてはと思い始めた。
また小指の痺れに対しては、日を改めて頚椎のMRIを撮らなくてはならないのかも知れない。
 歳を取るということは髪の色、顔の皺など外見もさることながら、体の中にも色々の変化が起きているのを思い知らされる。気持ちだけが20歳の頃の気を維持しており、何時までも若いと思っているのかも知れない。

2012年04月16日

マレーシアA子の来日とTPP

 先日マレーシアのA子がやって来た。彼女は2003年3月から2004年2月まで我が家にホームステイをし、尾道東高校に通った。その後マレーシアのイギリス系の大学で法律を学び主席で卒業、日本国国費留学生として1年間大阪市立大学の修士課程に身を置いた。マレーシア、シンガポール両方の弁護士資格も取ったようだ。今回は5回目の来日である。
現在はマレーシア法務省に勤めるキャリアで、有給休暇を取って日本来た。
A子の従姉妹の従兄弟であるシンガポールのS君と一緒に来た。彼も我が家に来るのは3回目である。
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 彼はシンガポールで銀行に勤めるビジネスマンだが、実家が大きな企業を経営しているので将来その企業の社長になるのかもしれない。そのために銀行で経営を学んでいるのであろう。ただ仕事は銀行で為替のトレード関係をやっているために気を使うので白髪が出来たとぼやいていた。
 A子は現在マレーシアとヨーロッパ、オーストラリア、米国との間のFTA交渉の条約文章作成などに係わっているとか。ところで日本でも現在、TPPに参加するための話し合いのテーブルに政府はついたので、A子に日本のTPP参加の是非について率直な意見を聞いてみた。彼女が起案している条文などからすると、結局は米国が有利なような条文になってきて、日本が食い物にされる恐れがあるとの事。
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 またTPPでは医療の分野も交渉対象になっている。歯科医療を営んでいる我々や、国民にとって日本の皆保険制度は何時でも何処でも医療が安い負担で受けられ素晴らしい制度である。ところがTPPに参加すると、国家が関与するものは、自由競争を阻むものとみなされ、皆保険制度が壊される恐れがある。そうなると一番国民が困ることになり、歯科医師会や医師会では大反対をしている。
そういえば昨年韓国と米国がFTA協定を結んだが、結果的に韓国が大苦戦をしいられていると言うニュースが流れていたのを思い出す。
医療について例外規定が認められればよいが、欧米諸国がかって白人以外が住む地域で取ってきた植民地時代の政策を思い起こせばそのようなことはありえそうに無く、根こそぎもぎ取られてしまう可能性がある。ある意味TPPは欧米諸国にとって現代の植民地政策なのかもしれない。
 日本国に住んでいる我々はある意味「釜中の魚」なので、銀行員のS君に海外から見た日本について経済的にどのように映るのか聴いてみた。
「勝手の勢いは無く、余りいい状態では無い」らしい。やはりなと思う。
3日程の滞在であった。その後彼らは東京でウイークリーマンションを借りて、1週間ほどショッピングと観光をして帰るとのことであった。
 二人が結婚でもしてくれると、マレーシアかシンガポールでの式に出かけようと思う。お陰で懐かしく楽しい日を過ごさせてもらった。

2012年04月08日

長男一家、沖縄に移住

 この季節は卒業、入学、就職と別れと出会いの季節である。私のところでは、長男一家が沖縄に移住した。長男の嫁が沖縄出身で、また一番上の孫娘がこの4月から小学校に入学ということでそれを期に沖縄に引越しをしたのだ。
 長男は7年3ヶ月私のところで修行かたがた一緒に仕事をした。今度は沖縄で開業し、独り立ちをする。
開業時期や、場所の選定はまだ決めてなく、リサーチをしてからとの事。
私は長男にかなり厳しく色々と教え込んだので歯科医師の腕としてはかなりなものになったと考えている。激戦区の沖縄でも十分に通用すると思っている。
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 ところで私としても長男に出て行かれるとは思いもよらなかったことであるが、娘の場合なら結婚したときに覚悟が出来ていたのであろう。
何となく養子に出した気がする。
 長男には出て行くにあたって、将来私ども夫婦が死んだ後、わずかばかりの遺産で兄弟二人が争わないように、さいだ歯科医院の建物や土地などについては相続を放棄してもらう覚書も交わした。
その際、家内は長男の嫁に、息子は返品不能だと言い渡した。これで長男夫婦も帰るところが無くなり、自助努力をせざるを得ないと覚悟して旅立てたと思う。
 それにしても私ども夫婦にとって何よりも孫娘3人に会えなくなるのが寂しい感じがする。
今までは毎週のようにやって来て笑顔や言葉を発して我々を喜ばせてくれていたのに、せいぜい夏休みなどにしか会えそうに無い。
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 家内の思いは私以上ではなかったのかと想像する。そのせいか引越し前に家内は思い残しが無いほど色々サービスをしてやっていた。今は少し気が抜けた表情をしている。
 ところで現在、世の中には便利なシステムがある。フェイスタイム(テレビ電話・ビデオチャット)を利用すると遠く離れていてもオンラインで、姿や、声も聞けるという。しかも無線LANのWi-Fiの使用料だけで通話料は掛からないらしい。これなら沖縄に行った孫娘を毎日見ることが出来そうだ。早速iPadを買うことにした。
 沖縄は沖縄として、これからは次男の孫娘が側にいてくれるので、我々を慰めてくれるのであろう。
 長男一家が元気でやってくれることを願うだけである。

2012年03月27日

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