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大先生(元院長)のブログ

ミニ同窓会

 先日尾道北高校16回生の集まりが有った。出席者は16人のミニ同窓会であった。実はこの会に「日本経済復活の会」代表を務める同級生の小野盛司君を呼んで座談会をした。
いつも同窓会のお世話をしてくれる、向島の半田正興君が東日本大震災以後、復興の進捗度などをインターネットで検索していて、たまたま彼の名前をヒットしたとのこと。
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     講師の小野盛司君                      座談会
 42年振りに彼と会ったが、彼とは高校時代余り話したことは無かった。ただ彼が陸上部で棒高跳びをしていた記憶は鮮明であった。
彼は東京工業大学卒業後、東京大学大学院博士課程、USAのカリフォルニア大学、フランスパリ大学などで素粒子理論の研究や教育を行っていた。その後日本に帰国し、学習塾を始めそれが現在は「東大英数理教室」なる会社を立ち上げ、コンピュターを使って学習する教育ソフト「PC教育シリーズ」を開発し、売り出しているとのこと。この「日本経済復活の会」は彼にとってはボランティアだとのこと。何しろ素粒子研究者が教育界や果ては経済の問題に首を突っ込んでいること自体興味津々であった。
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   日本経済復活の会パンフレット     朝日新聞紙上意見広告
 彼の話によると、日本の経済は1997年度513兆円だった日本のGDPが、2009年には476兆円まで落ち込んだ。小さな政府が良いのだと主張し、デフレを放置した結果、日本はここまで貧乏になり、自殺者も生活保護世帯も激増し、100年に一度の世界金融危機の中で国民は不安な生活を強いられている。見るに見かねて2007年10月26日には朝日新聞に意見広告まで出している。
 彼の説によると景気対策として日銀から50兆円ほど持ってくる大規模財政出動をすればよいという。お金が無ければ刷れば良いという。景気対策をした場合の経済の発展をシュミレーションしたデーターを示しながら話す彼は自信に溢れていた。
この話を聴きながら、どこかで聞いた話だなと思ったら、政府が2次補正予算をチョロット出したとき、国民新党の亀井静香代表が50兆円くらい出せと言っていたのを思い出した。この点を彼に正すと実は「日本経済復活の会」の顧問に亀井静香氏が居てレクチャーをしたとのこと。なるほどなと合点した。
現在の政府はこれから消費税を始め、所得税などの増税を目論んでいる様だが
これは必ずデフレスパイラルをさらに進め、日本経済は奈落の底に転落していく恐れがある。
彼の話しによれば、積極財政は長期的には金利上昇で財政が悪化すると言う人もいるが、日銀が国債の買い入れを増やせば金利は抑えられ、利払いも国庫に返ってくるので、財政悪化も起きず、財政の改善が続くと力説していた。
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                 懇親会
 これを聴きながらハイパーインフレにはなら無いのだろうかと心配し、質問した。いずれ年金生活者になるが、ハイパーインフレが年金生活者には一番怖いと思う。しかし彼によるとインフレは起こるだろうが、ハイパーインフレにはならないと断言していた。2時間の座談会で半分納得し、半分は狐につままれた気がした。
その後懇親会に移り、その場は40数年前の仲間の姿があり楽しく過ごした。

2011年11月01日

「これが最後のクラウン」

 昔まだ結婚するかしない頃、テレビではトヨタがクラウン自動車の宣伝をやっていた。俳優の山村聰氏と吉永小百合が出ていて「いつかはクラウン」というキャッチコピーが流れていた。当時私はまだ車を持っていなかった。しかしそのコマーシャルを観ながら「いつかはクラウンだな」と憧れを持っていたのを思い出す。
 その後、昭和52年30歳で7年落ちのサニークーペの中古車を買った。当時住んでいた団地で自家用車の無かったのは我が家だけだったと記憶する。3歳の長男が「わーい・わーいサニークーペが来た」と喜んで飛び跳ね、近所の子供達にも言いふらしていたのがつい此間のように思い出す。
 中古車といっても私にとっては生まれて初めての車であり、当然ペーパードライバーだったので朝早くから家内と茨城県常陸太田市の田舎道を乗って練習した。そのサニークーペは北海道で7年乗り回した。ついに車の床に穴が開いて水溜りを走ると穴から水が室内に入ってきたりした。またドアの穴の開いた所にはガムテープを張ったりして乗りつぶした。
 その後、スプリンターのやはり7年ほど経った中古車を買いこれも5年間乗ったが、マフラーが外れたり、途中で動かなくなったりで買い換えることにした。1989年(平成元年)、ついに新車を買った。私はカローラくらいと思っていたのだが、家内や子供達が猛反対して、カローラなら乗らないとまで言うので新型マークUを買った。
中古車と違い新車は乗り心地もよく、パワーステアリングも装備されておりハンドルは軽く、嬉しさもあって色々の所にドライブをした。
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 この頃「広島美人」という雑誌に広島トヨペットが車を買ったユーザーの家を訪問して記事にする広告を連載していたが、たまたまそれに紹介され記事になった。そのマークUも16万5千キロ、10年乗ったが、ガタが来たために廃車にして、1999年ついにあの憧れであった「いつかはクラウン」を手に入れた。1955年の初代から数えて11代目のクラウン ロイヤルサルーンGである。
 試運転してその乗り心地は素晴らしく、エンジンがかかっているのかどうかわからないくらいの静けさに驚いた。直ぐに次に車を買うなら「今度もクラウン」と思った。
しかし、12年乗ると少し傷んできて、エンジン音も少し大きくなってきた。
また昨年追突されて事故車にもなった。
 まだもう少し乗れそうであるが、私は現在64.5歳、もう何年かすると免許証を返納する年齢が近づいてくる。それから逆算するとそろそろ新車に乗り換え最後まで乗りつぶすのが得策かなと思った。本来なら今年はモデルチェンジの年なのだが、東日本大震災のため、モデルチェンジは無い。あと15年ほど乗って、免許返納と同時に廃車にすればよいと考え、「今度もクラウン」なのだが実は「これが最後のクラウン」と思い購入した。今回のクラウンは13代目ロイヤルサルーンGのマイナーチェンジをしたものであった。
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 まだ購入して日が浅く、余り乗ってはいないが気に入っている。
車の説明書よりも、ナビの説明書の方が分厚いのには驚く。今の車はほとんどがコンピューター制御なのだろう。
それにしてもあらゆるものが少しづつ人生の終わりを意識させてくれるのにただ驚かされる。
いい季節なので、時間を見つけて少しドライブをしようと思う。

2011年10月25日

映画「猿の惑星・創世記」を観て

 先日公開中の「猿の惑星・創世記ジェネシス」を観た。今から40数年前(1968年公開)に初めて観た「猿の惑星」は二人の宇宙飛行士が自動操縦での帰還中、ある惑星に不時着した。そこはなんと、人間がサルに支配された惑星だった。そしてそのラストシーンで砂の中に半分埋もれた自由の女神を宇宙飛行士が発見し、不時着したと思っていた天体が実は地球であったという事実に気付いた時、宇宙飛行士と共に私自身に衝撃が走った事を今でもはっきり覚えている。
その後「続・猿の惑星」、「新・猿の惑星」、「猿の惑星・征服」、「最後の猿の惑星」と作られ全部観た記憶がある。インターネットで検索すると2001年にも「Planet of the Apes 猿の惑星」が作られていたが、この映画は観ていない。
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 今回の映画は、猿がどのようにして高度な知能を持ったのかを示す映画であり、パンフレットからあらすじを引用すれば「現代のサンフランシスコを舞台に、新進気鋭の科学者ウイルがアルツハイマー病に利く新薬を開発中に、実験中のメス猿が暴れ射殺される。ウイルはその母親から生まれた赤ん坊を自宅に持ち帰り、シーザーと名付けて密かに育てる。母ザルの特殊な遺伝子を受け継いだシーザーはすくすくと成長するが、ある事件をきっかけに霊長類保護施設に入れられてしまう。このときすでに育ての親であるウイルの想像をはるかに超え、並外れた知能を有したシーザーは、人間の愚かさに失望してある決意のもとに動き出す。それは地球上の生物の進化の概念を覆し、新たな神話の序章となる壮大な戦いだった・・・・。」とある。
 出てくるサルの名前は「シーザー」でこれは1972年のシリーズ第4作目の「猿の惑星・征服」に出てくる反乱を起こす猿と同じ名前である。
 今回の映画の中のシーンにTVニュースで宇宙船の話しがあり、最後の場面で新薬開発に使ったウイルスに感染した飛行機のパイロットが勤務に着こうとしている場面、そして全世界を繋ぐ飛行路線が出ていた。多分この次の2作目は地球全体がこのウィルスに犯され人類が滅び、猿の惑星となり、そこへ宇宙飛行士が帰ってくるという、40数年前の映画の最初の場面に行き着くという筋書きでは無いかと想像した。
 40数年前の映画の猿はメイクで作り上げていたが今回の映画はCGでその見事さに驚く。とてもCGとは思えず、本当のチンパンジーでは無いかとさえも思ってしまう出来栄えだ。

 「これは人類への警鐘」とパンフレットに出ていたが、現在、地球上で行われている遺伝子関係の研究には何かとんでもない落とし穴が有るような気がする。研究者には十分気をつけて欲しいものだ。

2011年10月16日

映画「はやぶさ」を観て

 この連休を利用して映画「はやぶさ」を観た。この映画「はやぶさ」では、東京大学の糸川博士たちが全長23センチのペンシルロケットを初めて飛ばしている映像や、その後のカッパー、ミュウ、ラムダロケットなどの実験風景が映し出されていた。私は小学生の頃、糸川博士のペンシルロケットに魅せられ、アルミで出来た鉛筆のキャップにセルロイドをつめて飛ばしていた頃を思い出した。
 ところでセルロイドといっても今どきの子供さんは知らないであろう。ほとんど死語に近い。ただ野口雨情作詞の童謡「青い目の人形」の中に「青い眼をしたお 人形はアメリカ生まれのセルロイド」と出てくるぐらいかもしれない。
 しかし私が小学生の頃は筆箱も、下敷きも、総てセルロイドで作られていた。しかもこのセルロイドは、今あるプラスチックとは違い直ぐ割れたりしていた。主成分がニトロセルロースであり、ニトロ基を持つことから火薬に近く燃やせば勢いよく良く燃えた。飛ばしたロケットには10メートル近く飛ぶものもあり1人悦に行っていた。
また手紙を投函することは無かったが、糸川博士に液体燃料のロケットについて手紙を書いた記憶がある。当時の日本のロケットは固体燃料であった。
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 映画の中身は一部フィクションがあるがほぼ事実に照らしあわして作られていた。
7年間60億キロの旅をし、途中行方不明になり、満身創痍ながらも使命を果たして帰還するはやぶさ、必ずはやぶさを返したいというプロジェクトチームの願い。何事も成功するには1%の可能性でもあれば諦めないでやり続けることだと教えられた。その場面・場面での緊張感がリアルに伝わってきて前に乗り出して観ていた。
 そして何よりも最後、大気圏に突入してから流れ星のように輝きながら燃え尽きていく様は6月14日の朝のTVニュースを見て感動していたが再度映画を観ながら感動を呼び起こされた。
 さらにその後のTVニュースではわずかな微粒子を持ち帰ったと報道されている。そしてその微粒子を分析する技術が日本にあることに誇りが持てる。
 民主党の蓮舫議員が、先年事業仕分けで何故2番ではいけないのかと述べていたが、こと技術に関しては1番でなければならない。この映画を観て強く思った。

2011年10月10日

禁煙講演

 先日私が歯科校医をしている中学校で「ほんとは怖いタバコの話」と題して禁煙講演を行った。平成16年から始めてかれこれ8年にもなる。対象は中学1年生である。最初の頃は3年生にしていたが、より早いほうがよいということでここ数年は1年生になった。禁煙を勧めることで薬物の乱用に手を染めさせない意図もある。
 校長先生からは出来るだけ怖いお話を入れて、生徒がタバコに近づかないようにして欲しいとの要望があった。
毎年講演をしながらタバコの害の奥深さに我れながらぞっとし怖い気がする。
講演の内容をかいつまんでみると
 タバコが原因で日本では1年間に10数万人が死んでいく事実。世界ではノルウエー1国の人口に匹敵する480万人以上が亡くなっている。
海外のタバコのパッケージにはタバコで癌になった人の写真が印刷され、タバコを吸う事は人を殺すと書いてあることを紹介。
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またタバコを吸うことで血液の流れが悪くなりバージャー氏病(別名タバコ病)になり手足を切断しなくてはならなくなった写真、 口腔内に出来る癌の話、
タバコ1本の中に含まれる化学物質は4000種類、有害物質200種類、発がん性物質40種類、正に毒の缶詰であることを伝え、体中いたるところに病気が発生することを話す。
そしてタバコは依存症になり、一度手を染めると中々やめられなくなること、また妊娠や子育てを経験していく女性のほうがタバコを吸うことによる影響が大きいことなどを話す。
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そしてタバコを吸う人が癌になったりするのはある意味自業自得であるが、いわゆる受動喫煙によって病気になる人にとってはたまったものではない、
 夫がタバコを吸う場合の妻が肺がんになる確率は吸わない人の1.5〜1.9倍である。だから女子生徒には結婚するならタバコを吸わない人と結婚する方が良いとアドバイス、また20歳未満でタバコを吸い始めると吸わない人に比べ5.7倍も肺がんで死亡する確率が高くなることや、タバコ1本吸うと寿命が5分20秒短くなり最終的に吸う人と吸わない人とでは寿命に10年の差が出る、こういう話をしながらタバコが良いのか、明るい未来、幸せな家庭どちらを選択するのが良いか考えてもらう。そして命の大切さや健康の大切さを訴えた。
 最後にもし先輩や友達にタバコを吸うことを迫られたらどうするかと質問を投げかける。そしてきっぱり断ることが大事だと結ぶ。
 講演が終わって校長先生が生徒達に「齊田先生の話を聞いてタバコは吸わないようにしようと思った人は手を挙げてください」と発言。1年生全員が手を挙げてくれた。
少しは私の講演が生徒にインパクトを与えたのではないかと思いほっとした。

 ところで最近、小宮山厚生労働大臣がタバコ一箱700円にしたいと発言されたが私は少なくとも1000円でもいいのでは無いかと思う。
タバコを吸う人は「俺達は高いタバコ税を払っている。吸わなくなったら税収が減って国が困るだろう」と反論されるが、実はタバコによる病気での医療費や、その間働けなくなる経済的損失、タバコが原因で起こる火災などの損失額を含めた社会コストを計算すると、タバコを販売することによる経済的メリットに比べ社会コストの方がはるかに高くなる。
2006年の予測では収入3兆5千億円、損失7兆円と試算されていた。
それよりも何よりも受動喫煙による害を少なくすることが大事である。タバコを吸う人にアンケートした結果ではタバコの値段が上がれば多くの人がタバコをやめるという。受動喫煙の害を減らすためにはタバコの値段を上げてタバコを吸う人を減らすのが一番手っ取り早いかもしれない。

2011年10月07日

日本映画3本鑑賞

 最近映画3本を観た。このところ歯科医師会の会務が忙しくて中々映画鑑賞に時間が避けなかった。観たのは「探偵はBARにいる」、「僕たちは世界を変えることができない」、「日輪の遺産」である。
最初の「探偵はBARにいる」は映画の舞台が札幌ススキノである。かって札幌に住んで、たまにススキノで飲んだことのある私には映画のストーリーよりもススキノの町並みが懐かしくそちらに気をとられていた。ストーリーはまあまあである程度楽しませてくれた。
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 次ぎ観た「僕たちは世界を変えることができない But, we wanna build a school in Cambodia.」この映画は2008年に自費出版された現役医科大学生葉田甲太の体験記が元になっている。ストーリーはパンフレットによれば、「ありきたりな毎日に物足りないものを感じていた医大生コータは、ふと手にした海外支援案内のパンフレットに触発されカンボジアに屋根のある小学校を建てることを決意、人材や資金集めに奔走する。しかし視察で訪れたカンボジアでは厳しい現実を目の当たりにし、帰国後もさらなる困難が待ち受けていた・・・・・。」と書いてあった。
 映画の中ではカンボジア内戦の話も出てくる。ポルポト時代の200万人とも言える虐殺の話、その資料館の生々しい展示物には目を覆いたくなる。いまだに続く地雷除去の現場、エイズ患者の話などが織り交ぜられていた。映画の中にこの正月に行ったアンコールワットやベンメリア遺跡、シェリムアップの街などが出てきてこれも懐かしく観た。映画に出てくる子供達の目は私が行った時写した子供の目に似ていた。
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            澄んだ目を持つカンボジアの子供
彼らが資金集めに高級クラブで開くイベントでのはしゃぎようと、現在のカンボジアの人びとの生活とのギャップには違和感を覚えた。日本がいかに恵まれているか見せ付けられる思いがした。
 その次に観た「日輪の遺産」は中々見所があった。大分前からロードショウが始まっていて、そろそろ修了が近づいていたが何とか間に合った。
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この映画のメッセージはパンフレットに書いてあるように「いつかこの国が生まれかわるために」で、「太平洋戦争開戦から70年。日本は今、終戦直後同様に復興のスタート地点に立っている。我々日本人がいかに揺るぎない信念を持ち、困難を乗り越え、成長を遂げたのか。日本人としての矜持を改めて見つめ直す、勇気と希望のメッセージが込められている・・・・」と書いてあった。
マッカーサーの財宝900億円(現在の貨幣価値で200兆円)を祖国復興の軍資金として隠匿する極秘命令を3人の軍人と勤労動員として20人の少女達(12~13歳)が呼集される。腕力よりも、彼女らの懐疑心を持たぬ純粋さが選ばれた。御国のため、それとは知らずに財宝隠しに加担する少女達、頭に巻いた鉢巻には「七生報国」が書かれている。7回死んでも7回生き返りお国のために尽くすと言う意味だが、現代では通用しないであろう。しかし今から70年前には全国民にとってこれが当たり前で、国が自分達のために何かしてくれるのでなく、自分達が国のために尽くす、この気持ちがあったからこそ、終戦後、日本はいち早く立ち直れたのかもしれない。最近の国会中継などを見ると自立心とは反対に国に依存する体質が余りにも多いように感じる。忘れかけた「日本人の心」を思い出させてくれ、本当に良い映画を観たと思った。

2011年09月30日

映画「神様のカルテ」と医療費問題

 先日映画「神様のカルテ」を観た。美しい地方都市・松本の内科医として働く栗原一止(くりはらいちと)通称イチは寝る間もない程の忙しさで働きまわっている。昼間の勤務が終わればそのまま夜間救急医となり、翌日そのまま日勤をするいわゆる36時間勤務が常習化している。現役医者が書いたデビュー作品でありその内容は現代の医療の病巣をえぐり出す。
 そんな一止の前に大学病院から見放された末期がんの患者が現れる。パンフレットから引用させていただければ、ずっと心の中におもりがあるような生活を送って来た一止はそんな患者と向き合う中で、命を救うこととは?人を救うこととは?という医者の在り方、人間としての在り方を見つめ直していくことになる。厳しい言葉をかける同僚、答えを簡単にくれない上司。心に突き刺さる一言をくれる友人。何があっても支え続ける愛妻・ハル。そんな多くの人たちとのふれ合い。そして、一止はそんな中から“ある決断”を下す・・・・

 末期がんの患者が「最後にこんな幸せな時間が待っていたなんて」と漏らす言葉、心を救う内科医「一止」の行動に感動し、医療人たるものかく有るべきとも思った。
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ところで現代の医療は多くの矛盾を抱えている。
 先ごろ日本大学医学部付属練馬光が丘病院が2012年3月をもって撤退すると発表した。同病院は東京23区内で年間9万7000人の入院患者を受け入れ、年間1万9000人もの救急患者の診療を行っていた大学病院である。東京都内の地域医療の要であった大学病院が実質的な破綻状態に陥り、積み重なった赤字額は20年間で140億円に達すると言われている。この病院の病床稼働率は80%を超え、他の人件費比率などの経営指標には問題もなく、外来も混雑して行列が出来る状態であった。
それなのに何故か
保険点数に問題があると分析されている。「医療機関の部門別収支に関する調査」によると、内科系では100円稼ぐのに109円のコストがかかり、また産婦人科では100円稼ぐのに118円の費用が要る。つまり逆ザヤが出るためと報告している。
 

 また9月10日の日本経済新聞電子版に大企業の会社員とその家族が加入する健康保険組合(全1458組合)の2010年度決算は、医療費増加で4154億円の赤字となった。全体の28%に当たる415組合が保険料率を引き上げたものの、過去最大だった09年度に次ぐ赤字額となったと報じていた。そして全体の76%の1115組合が赤字となった。この原因を高齢者医療制度への拠出金の増加と、10年度に診療報酬がひき上がったためだと分析していた。
このままでは健保組合の多くが解散する恐れが出てくるかもしれない。


 また現在人工透析をしている患者はおよそ30万人と言われている。患者一人当たり人工透析にかかる費用はおよそ月40万円、年間480万円となる。
ざっと計算するとその総額は1兆4400億円となる。一方、2010年度の総医療費は36兆6000億円である。日本の人口は1億2800万人であり、透析患者数は総人口に対して0.23%であるが、ところが透析にかかる医療費はおよそ4%(3.93%)を使っていることになる。しかも透析する人の負担は月1万円から2万円で、年額12万円〜24万円である。よって468万円〜456万円は国民が出した保険料と税金でまかなわれている。


 この3件の事例は現実問題であり、どれも死活問題を含むが、患者の命を救うために全身全霊を傾けようとしている栗原一止とのアンバランスは何なのだろうか?

2011年09月12日

「武陵源」旅行 PART 8

 夕食は日本食のレストランであった。残念ながらお店の名前は忘れた。店の雰囲気は日本料理店らしく見えた。しかし若い女性従業員が浴衣を着てサービスをしていたが、その着かたが、なんともだらしなく残念であった。
 また料理に関して言うと、刺身は冷凍ものだし、驚いたことに塩焼きの秋刀魚も出たが、3人で1匹、お寿司も盛り合わせなのだが各種2貫づつで、3人で分けて食べろと言う。どうやら中国料理は盛り合わせたものを皆でつつくのでその感覚で出してくるらしい。最初驚いて文句を言ったが、言葉が通じるものではない。茶碗蒸しも出てきたが、こういうところで日本料理の味に期待するのが間違いである。中華料理に飽きてきているので、目先が変わったのだと思うしかない。
ホテルに到着後、明日は帰国と言うことで早々に片づけをして寝る。家内の足は余り変化無し。
 朝起きてホテルの窓から街中を覗くと結構長沙市は都会である。人口は200万人位らしい。朝食後湖南省博物館に行く。
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 長沙市内(ホテルの窓から)                 湖南省博物館
 飛行機の出発時間も有り、博物館見学は40分ほどであった。この博物館には馬王堆古墳より発掘されたおよそ2,000年前のミィーラが展示されている。
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        博物館の案内パンフレット(中国語)
 このミィーラについては発見されたとき随分とセンセイショナルに報道された記憶がある。1972年に発見され、当時の新聞記事によれば、「エジプトなどのミィーラのように干からびたものではなく、皮膚には弾力性があり、胃の中にはマッカウリの種があり死んで間もないものだと思えるような状態だった」と記載されていたのを今でも鮮明に覚えている。そのミィーラに御対面できて凄く感動した。随分と上手に古墳に保管したようだ。目玉や舌は内臓の腐敗ガスのせいか飛び出していたが、復元模型の顔からすると結構美人ではなかっただろうか?
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 復元された埋葬者                       一番外の棺
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発掘調査時の写真                       解剖時の写真
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2000年前のミィーラ                        副葬品
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 棺から出てきた食事                 当時(2000年前)の習俗 
 こういうところの見学はもう少しゆっくりと見学したいものである。
その後長沙空港から上海虹橋空港に向かう。虹橋空港から浦東国際空港まではバス移動である。
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 上海湖東空港                       一路広島空港へ   
上海からほぼ定刻に飛び立ち20:20頃広島空港に降り立つ。
無事帰れてほっとする。Sさんは、初めての海外だったが大いに満足されていた。
Sさんの奥様には終始家内に付き添って助けてくれて大いに感謝である。
 翌日家内は病院に行き精密検査の結果、膝にたまった水を抜いてもらった。家内にとっては散々な旅行ではなかったのだろうか?
次回行くチャンスがあれば良いのだが。

2011年09月06日

「武陵源」旅行 PART 7

 食後、予定では土産物屋とそこにある砂絵博物館を見る予定であったが、現地ガイドの「彭徳」さんが、天門山に行くことを勧めてくれた。
 パンフレットによると、『天門山は市街南部3kmの所に位置し、海抜1528.6m、張家界市で最も高い峰で、張家界市のシンボルマーク的山である。余りにも険しいため、よじ登るには桟道に頼るほかはない。高さ1000mの絶壁を穿つようで、高さ131m、幅57m、奥行き20m余りの天門洞は特に珍しい。1999年ここで行われた世界スーパー飛行コンクール(天門洞飛越)で、数人のスーパー飛行士が初めて天門洞の飛越に成功した。』と書いてある。
2年前にロープウェーが設置され行き易くなっているとのこと。
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    天門山索道入り口                 パンフレット
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 天門山の説明                     民家の頭上を越えていく
 1人6000円のオプションだが歩かなくても良いし、時間が無いので下車しないでロープウェーに乗ったまま往復すると言う。足を痛めた家内もいけるということで急遽ツアーの全員が行くことになった。
乗り場は街の中にあり、ロープウェーは民家の頭上を通り、張家界駅の上を通りながら山の頂上に向かう。片道7455mで、高度差1279m、往復1時間かかった。
 日本では民家の上を何のガードもなくロープウェーを通すなんてことは考えられない。中国だから出来ることかもしれない。
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 遥か向こうの頂上まで続く               2階ベランダで干していた
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 遥か長沙市を望み九十九折の道              天門洞
ロープウェーから見る景色は素晴らしく、張家界市が一望でき、途中農家の庭先にトウモロコシを干しているのが見えたり、九十九折の道に驚く。また切り立った山肌の直ぐ側をスリ抜けていくのにスリルを感じた。6000円は少し高いと思ったが乗ってみてリーズナブルと思った。
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   切り立った岩山を抜けて                 ひまわりの種
 下山してバスで今夜のホテルがある長沙市に向かう。およそ300キロメートル離れている。高速道路は途中から上り線を封鎖し道路工事をしている。そのため、下り線が分離帯無しの対面交通である。速度制限もなくビュンビュン飛ばしている。案の定途中で事故車を見た。2回ほどパーキングエリヤでトイレ休憩。
 今回は一度も土産物屋に寄らなかったので、パーキングエリヤの売店でビールのつまみに良いという事でひまわりの種を買った。
夜8時過ぎにやっと長沙市に付く。続きはPART 8

 

2011年09月04日

「武陵源」旅行 PART 6

 続いて同じ公園の中にある黄石寨(こせきさい)風景区の観光に向かう。片道900mのロープウェー(片道3分)で標高1092mの展望台に上がる。パンフレットによれば「黄石寨に行かなければ張家界に行ったとは言えないといわれる絶景」と書いてある。今日のロープウェーはあまり待たないで直ぐ乗れた。
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 このロープウェーは床が透明版で下を覗き込むことが出来る。高所恐怖症の方は少し怖いかもしれない。上からは森林公園の全体の景色が見渡せたがパンフレットで説明されているほどではなかった。
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 足下の風景                        展望台より望む
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 断崖絶壁の下に街が                  なたで割ったとの伝説
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                            建設ラッシュの張家界市
 ここでもミャオ族の女の子が観光客の求めに応じて写真を取らさせている。
たまたま衣装の柄をカメラに収めようとした人がいたので、後ろから写真が撮れた。一通り見てバスで下山。
ところが家内と待ち合わせた場所に行くがさっぱり姿が見えない。この人ごみでしかも海外となると探すのが大変。添乗員の方も少し焦っていた。朝分かれるときに携帯を持たせていたので添乗員の方に電話してもらうが通じないとのこと。少し慌てた。Sさんの奥様もあちこち捜してくれた。公園の入り口まで引き返してやっと見つける。
 訳を聞くとまたバスで移動するのでトイレに行っていたとのこと。電話も先ほど通じたとのことやれやれである。海外まで携帯を持ってきていて良かった。予定より30分近く遅れて出発。
 昼食は張家界市で取るとのこと。今までいたところは張家界郡なのだそうだ。張家界市は人口20万程度でどんどん開発されてきているようで町が凄く新しくあちこち建設ラッシュであった。現在ビルを建てている現場の足場も竹ではなく鉄パイプの足場である。昔香港で見たときは全部が竹の足場で驚いたことを思い出す。かなり近代化されている感じがした。
 昼食は開業百年の老舗「火宮殿」湖南飲茶を食べたが、今回の旅行で一番美味しく量もあった。当然30元でビールを頼みのみながらの食事楽しかった。
続きはPART 7へ

2011年09月01日

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