大先生(元院長)のブログ
小説「ふがいない僕は空を見た」を読んで |
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| | 先日、実に10年以上ぶりに小説を読んだ。このところ読むのは実践本とかハウツウ本あるいは伝記の類などであった。
ひょんなところからこの本に出会った。
この本は 窪 美澄 という女性作家の作品である。
この本の帯には
「本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10 第1位」
「2011年度本屋大賞 第2位」
第8回「女による女のためのR−18文学賞・大賞受賞作」と書いてあった。

この本の構成は5つの短編集からなり、それが全部つながり一つの作品となっている。
第1篇の『みくまり』は第8回「女による女のためのR−18文学賞・大賞受賞作」で主人公は高校1年生の斉藤卓巳で、助産院を営む母親と2人で暮らす普通の少年だが、ひょんなことから人妻のあんずと、コスプレした上でのセックスに興じる毎日。
だが、あるとき同級生の女の子に告白されるがそれでも、関係は続く・・・・
この短編の中で描かれる性描写は64歳の私が読んでもドキッとさせられる。
昔、20歳前後に興味しんしんで読んだ官能小説よりはるかにどぎつくあまりにもリアルである。昔読んだ官能小説は男性の作品であったが女性が描くとこの様になるのかとも思った。さすがR−18(18歳未満お断り)である。
ところで余談であるが、この題の「みくまり」は「水分り」では無いかと思った。小説の後半に川の流れの様子が表現され「水分り」と表示されていた。想像が当たっていた。
昔、広大生の頃、広島市の隣、府中町の水分り峡に飯盒すいさんにいったり、そこから沢登りをして呉婆々宇山(ござそうやま)に登ったりした事がありそこから想像していた。
第2編『世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸』は、その卓巳と不倫を繰り返す主婦・あんずが主人公。小さいときからいじめに遭って成長しやっと結婚するが、いつまでも子供ができないことで義母からプレッシャーをかけられる。一方、夫はストーカーで妻の行動に不審をもち、隠しカメラをSET・・・
第3篇『2035年のオーガズム』は卓巳に告白した同級生の女の子が主人公。
第4篇『セイタカアワダチソウの空』は卓巳の親友・良太が主人公
第5編『花粉・受粉』は助産師をしている卓巳の母親がそれぞれ主人公となっている。
登場する人々はみな、それぞれに悩みを抱えながら人生と向き合い生きている。
ところでこの5つの短編を読みながら出てくる単語を書き出せば
『不倫・いじめ・コスプレ・不妊治療・人工授精・体外受精・代理母・単身赴任・新興宗教集団・児童虐待・貧困・生活保護・アルコール依存症・自己破産・自殺・一家心中・万引き・ネットでの誹謗中傷』等、日常茶飯事にマスコミを賑わす現代社会の言葉が綴られていた。
しかも明るくて楽しくなるような言葉は見あたらない。
日本の国の恥部がえぐりだされ、現代社会の歪や矛盾があたかも当然であるような感覚で表現されている。
そういう中にあって、卓巳の母親が助産師として産婦から子供をこの世へ導き出すことが唯一の希望の光、生への執着で産婦が生まれたばかりの子どもを胸に抱くことが愛の本質として表現されているとも思った。
この本は性描写を含め現代社会の歪、世相を垣間見るという意味で私にとっても衝撃な本であった。
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2011年07月20日
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早めの暑気払い |
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2011年07月15日
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「リーダーの器量」 |
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2011年07月09日
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映画「星守る犬」と「もしドラ」を観て |
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| | 先日映画「星守る犬」と「もしドラ」を観に行った。「星守る犬」は「泣けた本ランキング1位」に輝いただけあって、なんとなく物悲しい物語であった。その物悲しさや共感性が何に由来するのかしばらく理解できなかった。
ストーリーの一部をパンフレットや公式サイトから引用すれば

『夏・・・・
北海道のとある田舎町。キャンプ場に通じる林道わきの草むらで、ナンバープレートも車体番号も外されて放置されたワゴン車が見つかった。車内には、死後半年も経った中年男性と思われる遺体と死後間もない犬の遺体があった。
市役所福祉課に努める京介はこうした遺体を引き取って弔うのも福祉課の仕事のひとつなのだ。遺体は50代の中年男性であり、放置されたワゴンのなかで発見されたという。だが、男の身元を示すものは何ひとつなかった。ワゴンのそばの盛り土に気づいた京介は、警官からそれが死んだ男性に寄り添っていた秋田犬を弔った墓だと聞かされる。その時、吹き抜けた風が、京介の足下に数枚の紙片を運んできた。それはレシートやリサイクルショップの買取り証であった。おそらく、死んだ男の所持品なのだろう。偶然なのか、運命なのか、わずかな手掛かりが、京介に男と犬の「ものがたり」に興味を持たせるきっかけとなった。京介は有給休暇を使って、偶然出合った少女・有希と共に男と犬の足取りを追う旅に出る。
男は「おとうさん」、犬は「ハッピー」という。ふたりの旅は、東京から始まり、北海道へ・・・
「おとうさん」と「ハッピー」は、行く先々で出会った人びとの心にしっかりとその姿を焼き付け、忘れられない思い出を残していた。
「おとうさん」と「ハッピー」の旅路を通して、人生の夢と挫折、老いと孤独、不況、リストラ、熟年離婚、無縁死など、現代の孕む問題に鋭く切り込みながら、人と人の絆、人と動物に育まれた愛情を描いた物語とあった。』
しかもこの映画には3月11日以前の美しい東北地方が映し出されていたが、いわきの海岸にあったコンビニエンスストアーは今どうなっているのだろうと思いをめぐらした。
観終わってこの作品の切り口が、現代の問題をより一層浮き彫りにしており、私の年齢がより共感を覚えさせたのかもしれない。

「もしドラ」は正式名称は「もし高校野球部の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」という長い題名の映画である。
ストーリーはパンフレットから引用させていただくと、『永年、予選一回戦負けの都立程久保高校野球に、病気の親友の代わりにマネージャーとして入部した川島みなみ。みなみは、親友を励ますつもりで、「野球部を甲子園に連れて行く」と監督と部員の前で宣言してしまう。マネージャーの仕事の参考にと、勘違いから手にした経営学の父・ドラッカーの名著「マネジメント」に不思議に感動し、そこに書かれている教えを野球部の中で実践していく。次第にやる気のなかった部員や、監督の意識・行動、さらに高校野球において長く常識とされてきた古いセオリーを変革させていく。』
ドラッカーの理論をどのように応用するのか興味があった。そして私の医院にも応用できるものがあるのでは無いかと思い観賞していた。一部応用しても良いなと思うものがあった。それと主役の「川島みなみ」は、つい先日行われたAKB48総選挙で1位に返り咲いた前田敦子が演じているのも興味があった。
映画はエンタテイメントではあるが心に響く物がやはり良い。
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2011年06月27日
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老後のキャッシュフローと相続対策 |
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2011年06月21日
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甥っ子の結婚式 |
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2011年06月13日
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金子みすゞ「こだまでしょうか」 |
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| | 東日本大震災直後TVのコマーシャルには企業広告が無く、総て公共広告機構の広告であった。その中で
「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと
「もう遊ばない」っていう。
そして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。
という金子みすゞの詩がバックの映像と共に放送されると心を揺さぶられ、なんともいえない優しさに包まれ強く心に響いた。
何か懐かしく、優しく心が落ち着くのだが、しかしそれが何故なのか深く考えることも無く日々の生活に追われていた。
ところが今月発売された月間誌「致知」7月号に矢崎節夫氏(金子みすゞ記念館館長)が「金子みすゞの詩を読む」と題して4ページに渡る一文を執筆されておりそれを読んで胸のつかえが取れた。

記事から抜き出させていただくと
『 五百十二篇ある金子みすゞの詩を俯瞰(ふかん)した時、全篇を優しく包み込むような作品がこの『こだまでしょうか』ですと、私はずっと言い続けてきました。
それだけに今回の東日本大震災を受けて、CMでこの詩が流れたと聞いた時は本当に驚きました。
この詩で私が注目したいのは、「こだまでしょうか」という呼び掛けに「いいえ、誰でも」と答えている末尾の一文です。
よいことも悪いことも、投げ掛けられた言葉や思いに反応するのは「こだま」だけではなく、万人の心がそうだとみすゞは言っているのです。
この詩を耳にした日本人は、被災された多くの方々が味わった悲しみや辛い思いに対して、こだまする自分でいられるかどうかと考えたのではないでしょうか。
一人ひとりがこの震災がもたらした被害を、自分のこととして感じる一つのきっかけを与えたのが『こだまでしょうか』の詩だと思います。
こだまというのは、山から投げ掛けた言葉がそのまま返ってくるわけですから、大自然の懐に包まれたような安心感を生み出し、私たちの心を優しくしてくれるのです。
この詩に触れ、心の内で何度もこだましているうちに、どこか優しくなれた自分を見つけることができたのでしょう。
募金活動がこれほどの大きなうねりとなり、また多くの日本人がボランティアとして被災地へと向かう後押しをしてくれたのが、「こだまでしょうか」という言葉だったのだと思います。
言葉にはこれほどの力があるということを、私は改めて教えられた気がしました。』
とあった。
本当に心の中でこだまが跳ね返りながら増幅して行き心の中で自問自答していく過程で消化しきれずに私の心に引っかかっていたのだと気付いた。
今ほど日本人の中に「絆」という言葉が当てはまるのも、この詩の影響かもしれない。 致知7月号に感謝である。
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2011年06月06日
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映画「ブラック・スワン」、「アメイジング・グレイス」、「SOMEWHERE」を観て |
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2011年05月26日
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「ホーム・アジア広島」設立50周年記念パーティに参加して |
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2011年05月16日
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初めてのテレビ出演 |
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| | 5月12日尾道ケーブルTVの18:30からのOCTVニュースに生出演をした。テレビ出演は生まれてこのかた初めてである。
この4月から尾道市歯科医師会の新会長になったために新会長紹介だとのこと。10日に打診があり、歯科医師会の活動などを話して欲しいということであった。
私は人前で話すのに少し緊張するタイプなのだが、尾道市歯科医師会の為になると思い引き受けた。さっそく原稿を書いたり、その原稿がすらすら読めるように練習したが、いったい何分間の出演枠があるのかも知らされていない。
当日40分前にスタジオ入りをする。
「しまなみ交流館」の中にあるスタジオにはカメラが3台が備え付けて有り、カメラマンとアナウンサー、プロデューサーいた。音楽係りやミキサーはガラス張りの別の部屋に居た。
打ち合わせに入り、そこで始めてCUE―SHEETを渡され持ち時間2分30秒を知った。リハーサルでは書いた原稿が長すぎるとばっさばっさと削られ何とか2分30秒の枠に入るようになった。ニュース4本の後に出番であったが、その待っている間、少々落ち着かない。
それでも始まると何とか無事にこなせてホッとする。
尾道ケーブルTVのニュースは夕方18:30に1回だけ生放送されるが、後は録画を次の日の18:30の生放送まで同じものを5回ほど再放送している。
出来映えが気になり、帰って20:30と23:00の2回再放送を観た。
話の内容などは、そこそこの出来であった。それでも少し表現を変えたほうが良かった部分もあり、自分的には90点くらいかなと思う。
ところが一緒に観ていた家内の批評は「怖い顔で映っている。もう少しリラックスして穏やかな顔で無いと駄目だ」と手厳しい。
ところでそこに映っている己が姿を見て愕然とした。蝦蟇ガエルではないが己が姿の醜さに驚いたのである。
日頃、全くといっていいほど気付いていなかったが、正面から見ると、右肩が下がり、口角は逆に左側の方が上がり、両眉毛のラインは左に下がっていた。
この姿勢の悪さは一種の職業病であるが、あまりにもよく目立つ。
これからは診療時の姿勢に気をつけなくてはと思う。
更に決定打として、 最後にお礼で頭を下げたところ、頭のてっぺんの髪が薄く、あまりにも老人くさくなっており、歳は隠せないと愕然とする。
それでも、ともかく終わってほっとした。
何でも初めての事は緊張が付き物である。
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2011年05月13日
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